【雑記】君といた雨の日は
ついさっきのことだが、少しばかり驚いたことがあって、自分のいい加減さにつくづくあきれていた。
何に驚いたかというと、自分の記憶の曖昧さに驚いたのだ。それは、ずっと頭の中にあったある日のイメージだ。時々、思い出してはどこか温かい気持ちにもなっていたその日の記憶に実はある筈のない記憶が入り込んでいたのだ。
自分にとっては結構大きな出来事だった『人生初デート』。その日のことを思い出していた。それを書き留めておこうと思ったのだ。間違えようもない思い出のはずだったから、それをすらっと書くだけと思っていた。なぜ、あり得ない記憶のイメージが入り込んでしまったのだろう。
◇
僕の初デートは東京。都内の私大に入学したばかりの僕は、同じ大学の同期の女の子とひょんなことからデートすることになった。名前は留美といって宮崎出身、それまでほとんど話もしたことがなかった。この辺のいきさつはまた別の機会があれば……。留美については以前、ちょっと書いたことがある。
デートの場所は原宿だった。大した理由はなく、東京で少し知っている街と言えば、そこしかなかったのだ。前の年に浪人だった僕が通っていた予備校が原宿にあった。わざわざそこを選んだのではなく本校のある代々木で入校手続きをした時に初めて、選択したコースは原宿校舎に通うことになると知ったのだった。
◇
田舎から出てきたばかりの僕にとって原宿は十分刺激的な街だった。しかも真面目とは程遠い人間だったから毎日のように予備校をエスケープすることになる。それでも定期券を買っていた手前、原宿までは行った。一旦は予備校に顔を出したが、じっとしていられずにすぐに街に出た。原宿駅の竹下口から降りてすぐ目の前に予備校はあった。教室を抜け出すと竹下通りをブラブラと終点の明治通りまで歩いた。
明治通りに突き当たったら表参道へ向かって少し行く。オープンしたばかりのラフォーレ原宿があって、その前の歩道付近ではいつもフランス人と思しきおじさんが手回しオルガンを演奏していた。それが今でも原宿のイメージだ。ラフォーレには小さな本屋が入っていてよくそこで時間をつぶした。
ファッションには人並みに関心はあったと思うが何しろ大した小遣いを持たない浪人とあってふらっと店先を眺めては通り過ぎるしかなかった。それでも、毎日のエスケープで裏通りも探検して回った。それはそれで楽しかったが浪人の身としては焦りが募っていくのもまた自覚していた。
◇
初デートの日。留美とは原宿の駅前で待ち合わせた。小雨が降っていた。傘を持たずに出てきた僕は留美の差し出した小さな傘の下に招かれた。ドキドキだったが、留美はなんでもない風で、自分だけ舞い上がっているのが恥ずかしかった。
自然と歩き慣れた竹下通りへ足は向いていた。通りに入ってすぐ左手にマクドナルドがあった。いきなりマックでは芸がないかな? とも思ったけれどとりあえずそこで一息つくことにした。気取らない彼女で安心した事を覚えている。
それから、浪人時代のいつものエスケープコースをブラブラした。今でいう裏原である。少し歩いているうちに彼女の肩に手を回すのもやっと自然にできるようになっていた。彼女は、こういうことに慣れているのかな? などと要らぬ心配もしたが、なんか温かい気持ちになってそんなことはどうでも良くなっていた。
◇
こうして、『人生初デート』の想い出を書いているとちょっと気になることがあったので調べてみたのだ。初めてのデートで入ったお店がマックだったというのが少し気になった。いや、別にどこぞの有名店でなくても良いのだが……。なぜか、竹下通りのマックが開業したのはいったい何時だろうと興味を持ったのだ。
やっと見つけたその情報を見て驚いた。なんと、僕が浪人だった年から数年後だった。それはデートした時にはまだそこにマックは存在していなかったことも意味する。
だとすると今まで僕の持っていた『人生初デート』の記憶はいったい何だったんだろう。あるはずのない記憶がある。しばらくぼんやりと考えてみるが、合理的な説明はやっぱり出来ないようだ。
誰か別の人とのデートの記憶と入れ替わってしまったと考えるのが自然だと思うが、全く覚えがない。それに、どうしてそこにマックがあるのを知っているのだ? 予備校に一年通った後は原宿にわざわざ出向く用事もなかったのに。
◇
『デジャヴ』とは違って記憶が先にある。これまでパラレルワールドの存在など想像してみたことはなかったが、ある時、別のパラレルワールドにいた自分の記憶と接触したことがなかったか? 想像は自由である。同じような記憶が自分の中にもっと存在するような気がしてきた。
別のパラレルワールドに存在しているであろう留美と僕は、今でも時々、原宿に出かけたりしているのだろうか。そして思い出のマックで語りあったりしているだろうか。
どうか、お幸せに。
※2023/01/13 「君はそこにいた」より改題。