これは「重苦しい記事ばかり書く自分」への往復ビンタ。
あの日に体調を崩して記事のストックを全て失って以来、自転車操業の状況が続いています。
ここ最近の私は、夜な夜なパソコンを開いて、「その日に書けそうなこと」を書いて、すぐ記事をアップロードしていて。
昨日も26時にようやく書き上げた記事を、推敲もそこそこにノータイムで投稿しました。
そして気が付きました。
「ああ、最近、重苦しい記事ばっかりだな…」
今回の記事は「重苦しい記事ばかり書く自分」の目を覚まさせるための、往復ビンタです。
私の動揺と懺悔、そして言い訳を33%ずつ溶け込ませつつ、最後には今後の更新をどうするか、決めていきます。
それでは最後までよろしくお願いします。
胸焼けを起こす記事をなぜ書いてしまうのか?
私は普段(というより、下書きのストックがあったころは)、記事のバランスを見ながら、選んで投稿していました。
「記事のバランス」について詳しく言えば、
「同じ系統の記事が続かないようにする」ことです。
重めの記事が続いたら、今度は軽めの記事を。
箸休め記事の次には、しっかりした記事を。
でも記事のストックを失ってから、困ったことが起きました。
その場しのぎで記事を書こうとすると「重苦しい」記事になってしまうのです。
たとえばコレが昨日の記事。
そしてコチラが一昨日の記事です。
うっぷ。
タイトルだけで胸焼けを起こしそうですね。
読んだら胃もたれも併発しそうです。
自覚はあるのですが、どうにも対策が難しくて。
「あと2時間で何か記事を用意しないと」と考えたとき、必然的に「書きやすい記事」を書いてしまうんです。
そして私にとっての書きやすい記事は、哀しいかな、対して求められてもいない、こんなテイストの記事なんですよ。
私は読書についても、やれ『歴史修正主義』だの『ペアレントクラシー』だのといった、「重めの社会問題」に関するテーマを好んで読みます。
その書籍で得られた気付きや感動を言語化するとき、どう頑張っても「ゆるふわ」な記事にはなりません。
って、こんな言い訳にも意味はないですね。
正直に言えば、昨今の「重苦しい記事ラッシュ」の状況に対しては、
ああ、追い詰められて悪いトコ出てますねー、と自分で思っています。
皆さんごめんなさいね。
今後はどうしていこうか
さて、そんな自戒の往路ビンタが決まったところで、まだ復路のビンタが残っています。往復ビンタですからね。
私が自分に言いたいこと、それは、
「お前は今後、同じ方針でやっていって良いのか?」です。
記事のストックがなくて、焦って記事を拵えて、それが自己満足のかたまりのような記事で。
やはり良くないですね。
何かしらのテコ入れは必要と考えます。
となると真っ先に思い浮かぶのは「毎日投稿をやめる」ことですが、
これはあまり考えていません。
自分の弱さをよくよく分かっているからです。
私が執筆を続け、毎日の読書を課しているのは、勤勉だからではありません。
「それが途切れると、自堕落な毎日に戻ってしまう」ためです。
今日の自分から昨日の自分を引き算して残るのは、スマホゲームのログインボーナスだけ。
私には、そのような時期が長いことありました。
その自分に、今は戻りたいとは思えません。
それがたとえ足がつりそうなほど全力の背伸びだったとしても、できる限り頑張ってみたい。
そう思っています。
ではどうするか。
結論から言えば「軽めの記事」を選択肢に加えようと思います。
いま、私のアカウントを構成しているのは、
・ 1000文字程度で、「である」調の、「本日の読書」
・ 2000文字程度で、目次付き、「ですます」調の、一般記事
の二種類です。
これがどちらも「やや重め」なのが問題なのかなと思いまして。
ここに新たに、
・500〜800文字程度で、目次なし、「ですます」調の、軽めの記事
を加えていこうと思います。
実は一度チャレンジしたことがあるのですが、どうにも短くまとめるのが苦手で断念しています。
でももう一度やってみようかな。
軽めの題材で、軽めの記事を。
まとめ
今回は、最近の自分の記事があまりにも「重苦しい」ことを受け、「軽めの記事をラインナップに加える」という決定をしてみました。
とりあえずはあと1週間でライランが走り終わる予定なので、その後から始めてみてもいいのかなと思っています。
どんな具合になるかは分かりませんが、もし微妙なら教えてください。
今後ともどうぞよろしくお願いします。
それでは、また。