蒔いて、芽が出て、成長する。ただそれだけのこと。でも、そこでしかわからないこと。
やったぁ… 芽が出てる!
11月も半ばになろうかという頃になって、10日ほど前に蒔いた種が発芽した。さすがに朝晩は冷えてきたし、無理だったかなとあきらめかけてた矢先のうれしい発見。
私は、自分はとても単純で、感化されやすいと自覚している。思い立ったが吉日⁈とばかりに、日頃から色々と衝動的に行動する。
ほとんど諦めていた種まきを突然やることにしたのは、「天狗の台所」というドラマを観たことがきっかけだった。このドラマの中では、登場人物たちが野菜を育て、丁寧に調理して、とても美味ししうに頂く描写が続く。
静かで美しい映像と登場人物たちのあたたかなやりとりがとても素敵な作品です。(何という大雑把な感想。すみません。)
この「天狗の台所」のあるエピソードの中で、主人公?が生育中の苗のお世話を任されるシーンがある。
それ自体は何ということはないし、苗を育てるのは誰でも一度や二度、学校などで体験していると思う。でも、とても大切に苗を育てる姿を観ていたら、私も育苗やりたいと無性に思った。
急に育てたくなって。
もう我慢できないほどの衝動でもって、急いで種まきの準備を始めた。今年は11月でもまだ暖かい。もしかしたら、まだ発芽に間に合うかもしれない。
蒔いたのは、ディルとルピナス。
ディルは時々ものすごく食べたくなる時がある。正確には、食べたい料理にどうしてもディルの香りが欲しい時がある。でも残念ながら、私が暮らす場所の近くではフレッシュなものが手に入らない。それなら今年は育ててみようかと思い、初夏の頃に種を購入した。しかしだ… みなさんもご存知のとおり、今年の夏はとにかく暑かった。種を蒔いて育てるどころか、苗を植えたパセリさえ、あの丈夫なパセリでさえも、頑張って水やりしたところで、大きく成長することはなかった。
本当に過酷な夏でした。
だからって、ちょっと言い訳がましいのだけど。
夏がどうだったとしても、時は過ぎる。せっかく購入したディルの種は出番のないまま、今年の種蒔きの時期はそろそろ終わりを迎えようとしている。
結局、蒔かなかったことに少なからず罪悪感のある私は、玄関に置きっぱなしの種の袋を視界の隅の方で見とめるたびに、「まだ蒔いてもらってないんですが?」とディルの声が聞こえるような気がしていた。
来年はきっとチャレンジしようと思っています。だってもう10月も終わりだし。種の袋にも蒔き時は9月から10月と書かれているしね。
そんな今年の活躍は絶望的だったディルに急遽出番が回ってきた。
ディルを置きっぱなしにしていることにずっと後ろめたかった私は、そうと決めればテキパキと準備を進めて、さっさと種を蒔きました。
(普段はボケっとしていて、あれこれ要領よくできない私ですが、興味を持ったひらめきには、自分でも驚くほどに段取り良く立ち回ることが稀にあるのです。)
種まきが終わり、雨が降り始めた日曜の午後。
眠っていた種たちの滋雨になるかしら。
乾燥させないように気をつけて、1週間が過ぎた。
まだ芽が出てこない。出てくる気配すらない。
やっぱりダメだったかな。種まきの時の勢いは私にもう残ってない。
毎日、並べた小さな鉢をじぃーっと見ながら「芽、出てこーい。」と念を送ってみる。
昼間は暖かくても朝晩は冷えてきたし、さすがに遅すぎたかなと諦めを覚悟し始めた10日目のことだった。
苗の鉢に緑の何かが見える。
風に舞ってきた草でもちょこんと乗っているのかと思った。もう少し近づき、目を凝らして見てみると…どうやら芽が出てるみたいだ。
おぉ…やった!芽が出たー!!
そうして発芽した小さな芽を愛でながら、発芽の喜びにひとりでホクホクしていたら、不意に父を思い出した。
ああそうか。そういうことだったのか。
自分の必死になっていた気持ちが妙に腑に落ちたようで、ちょっぴり清々しい。
自宅の庭にはいろんな思い出がたくさんある。
また庭仕事を始めてみようかなと思った。
ところで、
どうしてまたディルと一緒にルピナス?と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、ルピナスの種についての話は長くなりすぎそうなので、それはまた別の機会に。