【 後編 】新三郎商店株式会社 代表 平川秀一さん。持続可能な塩づくりに挑む。
福岡県といえば、博多ラーメン。博多ラーメンといえば、白濁した豚骨スープに極細のストレート麺を合わせた日本を代表する豚骨ラーメン。そんなイメージが根強い中、福岡県糸島市に、昔ながらの製法でつくる手づくりの塩「またいちの塩」を使った「おしのちいたま 塩そば」がオープン! 代表の平川秀一さんにお話を伺いました。
「またいちの塩」のまたいちはお父様、「新三郎商店」の新三郎はおじいさま、ゴハンヤ「イタル」のイタルは母方のおじいさま、「sumi cafe」の「スミ」は母方のおばあさま、と平川さんが手がけるお店はすべて家族の名前から名付けているそうです。
―「おしのちいたま」の名前はどうして?
僕たちは今まで僻地で商売をやってきました。工房とったんは糸島半島の突端だし、お店は駅から歩ける距離ではなく、車でしか辿り着けない場所。だけど、今回出店するのは、糸島の玄関口であるJR筑前前原駅から徒歩4分ほどの糸島市の中心地。街中=自分たちが得意ではない場所でやるので、僕らの商売の中心である「またいちの塩」の看板を一度ひっくり返してチャレンジしてみようということで、「またいちの塩」を逆さまにした店名に。少しの遊び心と「今までとは違う」という意味を込めています。
―クラウドファンディングをされた経緯は?
実は、新しいお店をオープンするというのは15年ぶりぐらいなんですよ。21年前に工房を作って塩づくりを始めてから、飲食店とカフェと物販店を作って、どっかが壊れたら直して、それを順繰りやってたんです。3年前に敷地内に果樹園は作りましたが、新たな店をつくるのは久しぶりだし、それをつくる過程を見せていくのが面白いんじゃないかなって思ったんですよ。僕ら工房から何から何までほんと手づくりでやってきたんですけども、今回は、久しぶりに店をつくるということでちゃんとしたプロの設計者の方といっしょに僕らも手伝うっていうやり方にしました。一般的にはそういう発想にもならないだろうし、そういう工程ってどういう風につくってくのか知らない方もすごく多いと思うので、それを発信することで、何か思いを共有できるんじゃないかっていう話になって、クラウドファンディングをやってみたんです。
―実際にクラウドファンディングをされて地元の方の反響は?
そうですね、お店ができることをすごく楽しみにして待ってもらえたと思います。
今までは、突然バーンとお店を作ってできましたよーって感じだったけど、今回は、お店をつくる過程をいっしょに見てもらって、体験してもらった。
「いよいよ来月ですね!」「もうすぐですか?」って声をかけてもらえたり。
僕ら単体でつくり上げるというより、どこか皆さんの力も借りているような感覚でやってこれた。カフェの定休日を準備室として活用し、塩そばを提供しながら、お客さんといっしょにメニューをブラッシュアップしていきました。その頃来てた方からすると、今の状態っていうのはまるっきり違うんですよ。味もカタチも。「あーこんな風になったんだー」って感動してくれる人もいて。それも一つ何か思いの共有みたいなことができたかなと。オープン後にリターン品のチケットを持っていろんな方が来てくれる、すごく感慨深いです。
―お店のこだわりは?
ずっと使われてなかった民家、空き家をそのまんまの状態で買い取ったので、中身を全部出してゴミとして捨てて、間仕切りの壁とか柱とかを抜くところからはじめました。店内に赤土がありますけども、あれは元からあった壁の土です。当然一部しか使ってないので、残りはまた窯を作る時に使います。解いたものをできるだけ再利用したいと考えています。
でも、一番見てほしいのはこの店の個性をつくってもらったあの壁画!牧野 伊三夫さんに、塩づくりの時に出る炭を使って、この建物のエネルギーみたいなものを描いてもらったんです。店のロゴや暖簾、デザインはすべて牧野さんにお願いしました。
あと、どうしても工業製品みたいなモノがあまり好きではないので、れんげと御盆(トレイ)は、地元の木工作家mihatayaさんにオーダーして作ってもらいました。1ヶ月前に納品してもらったんですが、れんげの口あたりやサイズ感がこれじゃあ食べられんちゃ!となって作り直してもらい、オープン3日前になんとか間に合いました(苦笑)。うつわは特注の有田焼です。
―塩ラーメンの特徴は?
ここ「おしのちいたま」は、ラーメンでもないそばでもない「塩そば屋」です。
福岡の製麺所・青木食産と糸島産小麦を使い、塩を楽しむための全粒麺を共同開発。スープは鯛のだしと鶏ガラです。鶏ガラは南九州の銘柄鶏をブレンドしたもの。それとほんのわずかですけど、福岡県の南部の方で作ってる豚も入ってます。その豚はチャーシューにも使ってます。季節によって旬のフルーツを与えて育てて、今は柿。ちょっと前は葡萄。柿が終わったら吟醸、酒粕ですね。すごく甘みがあって美味しい豚なんです。あとは、福岡なんで、ごぼうも多用しています。コクと深みが出るので、そこら辺がラーメンでもそばでもないというとこですかね。
麺のベースはシンプルだが、それに、塩をブレンドして味変を楽しみながら食べてもらうスタイル。添えられる塩は、製塩の際に樽の底に残る重量も味もしっかりとしたたる底塩、焼いたえびの殻をブレンドしたえび塩、金ごまとフレーク塩で作ったごま塩の3種。
―ここ「おしのちいたま」でも「新三郎商店」でもスタッフの方がすごく生き生きと働いていらっしゃっると感じたんですが、スタッフ教育は平川さんが担当されていらっしゃるんですか?
自分はそんなに教育できる立場の人間でもないと思ってるし、けっこう人数も多いので、そこは上司にあたるそれぞれの持ち場の長の教育にもよりますね。塩工場なんかはけっこう破天荒な人間が多いんですよ。やはり日々状況が変わる自然環境に対応すべく、頭や身体が即座に反応できる機敏さがありますね。方やお店は、割とソフトで細やかな接客が求められたりするので、持ち場によってスタッフのタイプは違います。
うちは、ウェブで求人募集するんで、ほんとうに遠くからきてくれたりするんですよ。
同じ想いを抱いてやってみたいっていう感じで来てくれるので、割と意志の疎通は取りやすいのかなと思ってます。面接は基本的に僕がやります。
―採用のポイントは?
人間は、大きく分けて二つのタイプがいると思います。他人に喜んでもらうことでエネルギーに変えられる人か、自分の中の喜びをエネルギーに変える人。それぞれモチベーションの角度って違うと思うんですよね。やはり、人から喜びをもらうことでエネルギーに変えられるっていうのは大前提かなと思ってます。「美味しい」とか「ありがとう」っていうような言葉一つでやっていけるタイプの人間じゃないとうちでは働けない。
それと、僕がずっとその方と仕事をするわけではないので、持ち場の長とうまくやっていけそうかということも重要です。
―平川さんの業務は?
僕は、基本的に誰かの話を聞いてます。スタッフの誰かといつも話をしてます。聞かないとわからないし、聞かないと答えないことって多いじゃないですか。
ルーティンとして、毎朝山手の塩工場へ行って、ひととおり業務連絡を聞いて、スタッフの様子を伺います。スタッフそれぞれの顔を見て、状態を確認して、いつもと違ったら話をして。それからここへ来て、またスタッフの顔を見て、話をする。
結局、塩も料理も作っているのは人間なんで、その人間がどういう状況かを確認するのが僕の仕事です。もし、ヤバそうな状況であれば、僕ができることがないかを聞いて手伝う。欲張りなので、自分ができない仕事はないんですよ。
あ、ありました!計算(笑)。
それ以外はすべてできます。僕が分からない仕事がないから、スタッフをサポートできる。根っこが現場の人間なんで、動いてないと落ち着かないんですよ。工場のスタッフの調子が悪いと塩の味にも影響が出るし、お店では、スープはもちろん、ひととおり味のチェックをしながら手伝います。
―最後にメッセージをお願いします。
ずっと、塩の味を変えないことが一番だと思ってやってきたんですけども、塩は、自然のものなので、味が変わることもあります。素材より前に塩の味が出てはいけないと思って、素材を邪魔しない塩をつくってきました。でも、ここ最近は邪魔をしてもいいんじゃないか、もしかすると素材を超えてしまう塩があってもいいんじゃないかって思うようになったんです。
昔は専売だったので、塩は一種しかなかった。選択肢がなかったんですよね。
塩をつくり始めてから21年。僕らもずいぶん変わってきたし、お客さんの感覚も変わってくれた。これからは、今までにないような個性の強い塩も作って、いろんな食べ方で楽しんでもらいたいという思いがすごく強くなってきた。
パッケージも変わったんで、これを機にいろいろ変わってもいいんじゃないか、それを許容してもらえる世の中になっていくんじゃないか。
美味しい!と言ってもらいたくて、料理の仕事も塩づくりの仕事も重ねてきたので、美味しければ何でもあり!だと思います。
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おしのちいたま 塩そば
福岡県糸島市前原西1-6-22
092-330-8732(代表)
営業時間 11:00~17:00(オーダーストップ16:30)
木曜定休
https://mataichi.info/oshinochiitama/
https://www.instagram.com/mataichinoshio/
※ご予約はお受けしておらず、来店順のご案内となります。
他店舗についてはこちら
https://mataichi.info/
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写真と文:山本 加容
*製塩所 工房とったんの写真はお借りしています。
※この記事は2022年2月にグレイスカイプロジェクトHPに記載された記事です。
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