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【ショートショート】ひだまりの距離

図書館の窓際の席は、日差しが暖かく心地よかったけれど、廊下からの冷気が時折カーテンを揺らし、少し肌寒かった。吐く息が白く見えるほどではなかったけれど、膝掛けとカイロが手放せない。先週風邪で休んでしまった分のノートを、佐々木君に見せてもらっていた。 「えっと……この問題、まだよく分からないんだけど……」 数学の問題集を指差すと、佐々木君は少し考えてから、「じゃあ、一緒に見てみようか」と言って、私の隣に座った。心臓が跳ねる。さっきまでノート越しに見ていた距離が、嘘みたいに近く

    • 【ショートショート】準備室の静かな約束

      放課後の美術準備室。独特の油絵の具と木くずの混じった匂いが、鼻をくすぐる。僕は一人、来月の文化祭で展示する絵の額縁を組み立てていた。 「田中くん、手伝うよ」 ふいに背後から声をかけられ、僕は肩をびくっとさせた。佐藤美咲。隣のクラスの彼女。水彩画のような透明感のある雰囲気で、いつも穏やかな笑顔を浮かべている。彼女と一緒になった美術委員の活動は、嫌いじゃなかった。むしろ、彼女と過ごす時間は、密かな楽しみになっていた。 「あ、佐藤さん。もうこんな時間か…」 時計を見ると、も

      • 【ショートショート】夕暮れの図書室

        図書室の本棚の前で、私は立ち止まっていた。もう五月も終わりで、窓から差す光が本棚に長い影を落としてる。この一週間、放課後の図書室で中井くんと話すようになって、この時間が特別な気がしてた。 『星の航路』を胸に抱えたまま、昨日のことを思い出す。「僕、この本すごく好きなんだ」って、中井くんが目を輝かせながら話してくれたの。 「あ、日野さん」 後ろから聞き慣れた声がして、振り返る。中井くんが立ってた。いつもと少し様子が違う。 「もう読んだ?」 「うん」少しだけ声が弾む。「昨

        • 【ショートショート】夕刻の階段

          放課後の階段に、影が長く伸びている。 「あのさ」 声をかけられて振り返ると、彼が一段下に立っていた。制服のボタンが外れている。 風が吹く。リボンが揺れる。 部活の掛け声が遠くから聞こえてくる。 「放課後、いつも一緒に帰ってるじゃん」 「…うん」 手すりが冷たい。 「なんでかなって」 「え?」 「考えてたんだけど」 いつもは饒舌な彼が、珍しく言葉を詰まらせる。 私も、何も言えない。 目が合った。 慌てて逸らした目が、また戻る。 「もしかして」 一歩、上がってくる。