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ガーデニングでの強迫

ウチの家は、西日が強い。

少し歩けば、西側には海が広がり、夕日の日差しを遮るような高層ビルもない。海といっても、白い砂浜が広がるビーチのような色気のあるものではなく、コンテナ船が出入りする無機質な港湾だ。

とにかく、夏場は西日が窓を突き刺す。だから、我が家では2年ほど前からグリーンカーテンを始めたのだ。

挑戦した植物の種類は、いくつあるだろうか。1年目は、アサガオと千成ヒョウタン。2年目は、ツンベルギアとアサリナ。3年目はゴーヤと、こぼれ種で咲いたアサリナである。

薄紫色やピンク色をしたベル型の花が咲くアサリナは、10月頃までもりもりと生い茂るので、グリーンカーテンとして優秀だ。何より、小花が次々と開花する様がとても美しい。

とはいえ、我が家の強い西日をグリーン達だけで完ぺきに避けられる、というわけではない。窓とグリーンカーテンの間にすだれを挟んでも、少し緩和される程度か、くらいである。

ガーデニング、いや庭いじりにハマったのは、グリーンカーテンを始めてからである(ガーデニングと呼べるほど高尚なものでもなく、庭いじりくらいがちょうどいい)。それからというもの、放置していた庭を耕し、レンガで花壇をつくり、季節の花を買ってきては植えていった。

近所のホームセンターの園芸コーナーにある花だけでは飽き足らず、種苗会社のオンラインショップから珍しい花苗を取り寄せては、庭いじりを楽しんだ。

この庭いじり、若い頃はまったく興味がなかったのだが、年を重ねるとなぜか楽しくなるから不思議である。

ところで、植物を育てる上で欠かせないのが、水やりである。外水栓の蛇口をまわし、散水ホースをひっぱり、まずはグリーンカーテン全体に葉水をして潤す。

そして株元に水をやり、次は鉢植え植物にも鉢底からたっぷり水が出るまで水をやる。ひと通り水をやり終わったら、シャワーヘッドのグリップを緩めて水を止める。

最後に蛇口を閉めるのだが、このとき、必ずヤツは耳打ちをしてくる。

「本当に閉めたのか。もし閉まっていなかったら、水があふれてしまうぞ。水道代がいくらかかっても知らないぞ」

一度、その声がよぎれば、もう確認せずにはいられない。

手順はだいたい決まっている。
まずは、蛇口のハンドルを握り、閉まっているかもう一度確認する。

次は、左手の中指で、ハンドルの中心にあるビスが出ている部分を触りながら「閉じ」と頭の中でつぶやく。ちなみに屋外だから、口頭ではつぶやかない。「この奇妙な呪文を、誰か他人に聞かれたくない」そんな羞恥心は、おかしな行動をしていてもちゃんと持っているのである。

今度は、左手の人差し指で、同じようにビスの出ている部分を触りながら「閉じ」と頭の中でつぶやく。

最後に、蛇口に指を差しながら「閉じ」と頭の中でつぶやく。これが水やりが終わった後の“儀式”の流れである。

もちろん、ここで終わればいい方で、最後の最後に、ホースを巻き取った状態のシャワーヘッドに指を差し、「閉じ」とつぶやくこともある(もちろん頭の中で)。

当然だが、シャワーヘッドのハンドルを握らなければ散水できない構造になっているのだから、たとえ蛇口が閉まっていなくても水は出ないし、水道代もかからない。

ちなみに庭にある外水栓は井戸水を利用しているため、水道代がかかることは100%ないのである。その点も分かっているのだが、「金銭的な脅しは、強迫材料にもってこいだろう」とヤツは考えるらしく、必ず水道代を脅し文句に使う。

もちろんこの強迫も、一度では終わらない。“儀式”を終えても、「本当にそれで大丈夫なのか」という声が再び囁けば、固く閉じた蛇口にもう一度手をやり、確認作業はまた繰り返される。

夏の夕暮れ、腕や足を蚊に刺されながらも、庭での“儀式”は一向に終わることがないのである。

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