《読書メモ》『国境の南、太陽の西』/村上 春樹著
きっかけは、、、noteだかAmazonかでオススメとして見かけたことがきっかけだと思いますが…いわゆるウラスジに書いてある「絵にかいたような幸せな僕の前にかつて好きだった女性が現れて―。」が決め手でした。
帯だったり、ウラスジだったり、本当、常日頃、プロの方々には踊らされております。
村上春樹作品は、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』『ノルウェイの森(上・下)』を読んだことがあるだけでした。
現在、離職中につき転職活動に邁進しておりますが、いま思えば、学生時代に就活していたときも村上春樹さんの作品を読んでいたことを思い出しました。
好むと好まざると、仕事選びと村上春樹はセットなのかもしれない―とでも言っておきます(批判覚悟)。
さて、本稿は長くなります。
当記事を読んでいただける方、興味ある部分だけでもお読みいただけますと幸いです。ぜひ、目次を活用ください。
学生時代の就活について
ふと、就活中に、自分がダシに使われたことを思い出した。
タイムリーな時期なので、長々と書いてみたい。
内容はこうだ。
とある企業の、グループディスカッションといわれるような形式(当日)でおこなわれた面接だった。たぶん、6人だったと思う。
ある程度、定番な質問が終わると『それでは、皆さんの「マイブーム」について教えてください。そして、他の人のマイブームを聞いて、いいなと思ったものを挙げてもらいます。』
ということになった。
まずはマイブームの発表だ。自分は4~5番目だった思う。正直、有利だなと思った。読書なら差別化ができていると思ったし、いまは村上春樹にハマっていると言えばブーム感が出るからである。
驚愕したのが、前半3人が趣味について話したことである。もはや趣味というワードを使っている人間もいた。今回のオーダーは「ブーム」である。しかもアクティブな内容ばかりである…!
そもそも趣味は、ブームとは、ちがう。高校のとき陸上部で、大学生になっても毎日ランニングを続けている…?もはや趣味なのか?習慣ではないか?
そんな自分に順番がまわってきた。マイブームであることを強調し、大きな声でハキハキと発表した。教授から勧められて読んだ。比喩表現が素晴らしいことを伝えた。
手ごたえがある。受けている…受けているのだ!ライバルである、そう就活生には。
―結果、ぼくは落ちた。
このくだりのあとの面接官の言葉を忘れることはないだろう。
「社会人になると意識しなければ、運動する時間も確保できなくなっちゃいますからね。ぜひ続けてほしいです。」と。
マイブームの発表後、各自他の人のマイブームを発表した。3~4人がぼくの読書を挙げた。他人をけなすことが許されない就活の中、ぼくは大絶賛だった。比喩表現に注目して読書をしている人間を初めて見た、と。
誰かしらは選考に進んでいるだろうし、内定、入社もしているかもしれない。
ぼくは完全にダシに使われたのだ。
そいつらを2つの意味でしぼり倒し「就活生100%ジュース」でもあれば飲み干したかったくらいである。だが、そんな気持ちの悪いものは、どこにも売っていない。
だからぼくは、オレンジジュースを買い、飲み干した。
これが、のちの「サンキスト」誕生である。歴史はここから始まったのである。(批判覚悟)
本作の感想と3.11を少しだけ
少し真面目な話。
社会人1年目、ぼくが個人的な基準で「真剣に死を考えた」ことがある。
駅のホームに立っては、楽になりたいと思い、電車を眺めていた。
3月11日、あのときは高校生だった。今も覚えている。
だけど個人的には、3.11を悲しむ日だと思っていない。風化させないとする日だと思っていない。自分には、そんなこという立場ではないし、大きな責任を背負う覚悟も器量もないと思っている。
死を考えたとき生きたいと思っている人間が死んでいくことに疑問を持っていた。なぜ「生きたい」「幸せだ」と思っている人間が、そんな中死んでいくのだろう、と。
これ以上は文字にできないが、自分なんかが生きていることに疑問を感じていた。それは今も思うことだけれど、なんとなく、自ら死を選ぶことは間違いだと思った。
だから今日は「生きていることへの感謝」と「未来を考えること」、この2つを自分に課すようにしている。これが正解だと、思えないけれど。
本稿、『国境の南、太陽の西』については、その難しさが描かれていると思う。ネット上では考察記事が溢れているが、深読みせず、個人的には日常の不安・苦悩が描かれている小説であると解釈している。
今日も、少しだけ、がんばって、生きるのだ。
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