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ちびたの本棚 読書記録 「神と黒蟹県」絲山秋子

物語の舞台は架空の地方都市、黒蟹県。折り合いの悪い隣りの市の話、転勤してきた会社員や移住者の話、町起こしの話など、どこにでもある日常が描かれている。

ただそこには市民に混ざって神が暮らしている。

神はごく平凡な市民としてアパートや戸建てに住み、時にはひとりで暮らし、時には家族を持ち、そしてなんらかの仕事についている。昼食は街の蕎麦屋でとり、夜は居酒屋に行くこともある。

でも、神であるから当然かもしれないが、そのたたずまいや言動は、そこはかとなく浮世離れしているのだ。

神が隣人から思いがけない好意を受けるという場面を読んで、「寿ぐ」という言葉が浮かんだ。
神の周囲を光が照らし花びらが舞う。神が歓喜する、これがまさに寿ぐということかと。
その文章を読んだこちらもじんわりと心が温まり、知らず知らずのうちに口元がほころんでいた。

絲山秋子さんの作品は文学だと思う。
文学の定義は、その文章が芸術的か否かと言われているけれど実に曖昧だ。芸術的ということも個人の感性によって様々である。

行間にも物語があり、文中に心惹かれる表現があり、読み終わった後も忘れられず、ふと記憶の中から取り出しては味わい、またそっと自分の中に仕舞っておく、そういう作品が文学かなと思う。
そして何よりも大切なのは、文章や言葉が美しいということだ。



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