連載小説【正義屋グティ】 第6話 宝探し
6.宝探し
「イーダン?何の冗談だよ…」
グティの問いかけに返事はない。イーダンは13歳という若さで近くの校舎の一部と一緒に吹き飛んだのだ。グティの目の前には今もなお、龍のように上り続けている赤い炎と灰色の煙がバチバチと大きな音を立て、みるみると成長していた。熱い、悲しい、不思議、驚き…。様々な感情を抱え思考が情報に追いつく前に、グティは無心でイーダンの細々とした腕を手に取った。
「うっ…」
血の生臭い匂いがグティの鼻に届き、とっさに口を手で覆い空を見上げる。少しずつ辺りが騒がしくなり始め状況を理解できるようになったのか、グティはイーダンの冷たく固い三本の指に優しく触れ、強く握りしめた。そしてその反動で、堪えていた胃液を砂の地面に向かって思いっきり吐き出した。
「うあぁぁああああん。イーダン!僕は君のことを死なせないから!」
爆発からかなりの時間が経過したが、グティは未だにこの状況を受け止められなかった。グティはイーダンの腕を天に掲げ大きく泣き、その時ポロッと落ちた腕のボタンを大事に胸のポケットに入れ込んだ。
「なに座り込んでるんだ!生徒は早く避難しろ!」
しばらく放心状態が続いたグティの背後から、正義屋の職員の声が聞こえた。自分に言っているのかと推測したグティは、木の枝のように冷たく固くなったイーダンの腕を自分の嘔吐物と混ぜ合わすように、地面に優しく置いた。
「今、行きます!」
気を紛らわそうと大きな声で返事をしたグティは大きな炎から逃げるように走り出し、何とか射撃訓練場に到着した。
訓練場は屋外に作られ、広大な人工芝が辺り一面に敷き詰められている。その広すぎる緑を持て余すかのようにパターソンが一人、長いスナイパーライフルを地面につっかえながら手で支えて待っていた。
「グティ、遅かったね。大丈夫だった?」
すぐには反応がない。グティの表情は『混乱』の域をはるかに超越し、『虚無』に近く、顔が少し白くなったように感じる。呼吸がだんだんと荒くなっていき、そのまんまパターソンに倒れ込んだ。
「グティ!しっかりして!犠牲者は確認されてないってウォーカー先生が…」
「イーダンが!イーダンが生きているとでもいうのか?!」
「え?!」
パターソンは耳を疑った。そして有りもしないウォーカー先生からの報告をグティに言った事への罪悪感が、かかとから体全体を覆い隠すように伝わってきた。それからパターソンも事の重大さに気づき、かすむ目をこすってグティと共にウォーカー先生たちのいる教室に急いだ。
ガラガラガラ
「お前らも無事か、良かった。グティ、お前はどこに行ってたんだ?」
朝よりも重い雰囲気に包まれた教室は、まだ昼前なのに少し薄暗かった。教室の電気はさっきの爆発によってほぼつかなくなり、唯一黒板を照らす電気が、チカチカとホラーゲームのごとく生き残っていた。空には正義屋とみられる戦闘機が次々とこの養成所に集まってくる音が聞こえる。もしあの爆発に巻き込まれたら…と、クラスの女子は勿論、アレグロや二コルを除く全ての男子も机に突っ伏してガクブルと震えている。
「お、おい二人とも、何かあったのか?」
先ほどの質問がスルーされたウォーカー先生は、もう一度グティ達に問う。
「イーダンが死んだ」
ドカッ
そうグティが小さい声で報告をすると、チュイの筆箱が机から地面に勢いよくたたきつけられた。
「そうか…。それは残念だね」
チュイは床に散らかった鉛筆を拾いながら、そう言い洩らす。それと同時に太陽が雲に隠れ、一層教室は暗くなった。クラスの視線はチュイに集められ、それを感じ取ったチュイはゆっくりと立ち上がり、ポッケトに忍ばせた黒い箱状のものを取り出した。
「爆弾!よせ、そんな真似はやめろ!」
すぐさま、こう反応したのは二コルだった。さっきまでの澄ました顔が急に険しくなったようだ。だが他のクラスメートは恐れなかった。それはまさしくチュイの信頼の厚さからなるものであろう。チュイは無言でウォーカー先生に爆弾を手渡し、先生もその爆弾をまじまじと見つめ口を開ける。
「これを、どこで見つけた?」
「下駄箱近くの掃除道具入れの中にテープで張り付けてありました」
「ありがとう、見つけてくれて」
ウォーカー先生は感謝の意をチュイに述べると少し微笑んで、何かを決心したかのような顔でグティ達に告げる。
「今から宝探しをしよう」
「へ?」
14人の生徒は聞き間違いかと思ったのか、顔を上げ目を丸くした。
「もしかしたら爆弾は他にも仕掛けられているかもしれない。しかしそれを正義屋が知ったら大事になり、犯人の耳にも届く可能性がある。だから、爆弾を俺たちで見つけて全て解除しよう。」
「先生、本気ですか?あなたは私たちに危険な目に遭えと仰るのですか?」
スミスはさっきまでの震えを止め、勢いよく椅子から立ち上がる。だがウォーカー先生は気にしないどころか、スミスの方にゆっくりと歩きだしていく。
「あぁそうだ。優等生のはずだが、理解が遅いんだな」
「はぁ?!じゃあ、あなたは爆弾を宝だと思っているの?!」
「スミス、もうすでにクラスメートが一人死んでいるんだ。これ以上の犠牲を出さない、すなわち命を救うこと以上に宝ってあるのかな?」
スミスの顔の近くまで近寄ったウォーカー先生の顔は少し影が入っていた。スミスは前髪に当たるウォーカー先生の鼻息を払うように手であおぎ、後ずさりをした。
「わ、私は探さないからね。」
スミスがきっぱりと言い放つと、ウォーカー先生は小さくため息をつきクラス全体にアナウンスをかけた。
「じゃあ残りの13人で、この養成所内をくまなく探索をしよう。望ましくないが犠牲が出てしまったら…可能な限りこの教室にいる俺に報告しろ、いいな」
スミス以外は震えながら小さくうなずき、皆重い足取りでこの教室を後にした。その後ろ姿には何か深いものを感じる。その背中をイーダンが押しているのは確かだった。これから起こるであろう惨劇から目を背けながら、13人は宝探しへと向かうのだった。
【第七話・慟哭】 to be continued…
2022年4月24日(日) 午後8時投稿予定!! 乞うご期待!