大学生になって鬱になった話

こんにちは
せいらです。

前回の記事を読んでくれた方、ありがとうございます!

今回は、前回少し触れた「大学生になって鬱になった話」を書きたいと思います。

私が鬱になった具体的な時期は分かりませんが、大学入学と同時に少しずつ始まったような気がします。

受験が終わり燃え尽きて、他に熱中できることがない。
受験勉強が楽しかったので、急に楽しみを奪われた気持ちになりました。

さあ、これからどうしろと?

日本の受け身な教育に甘んじていたせいで、大学生に急になって動き方が分からない。みんな好きなことにまっすぐなのに。
与えられた課題をこなして結果を出すことが好きだったのかもしれません。
でもずっとそんな生き方では生きていけない。能動的に動かなきゃ。

とりあえずサークルに入らなければ!と色々見てみるものの、興味は湧きません。
友達についていって出版サークルに入り、そして高校時代になんとなくやっていた文化祭運営の流れでイベント企画運営系のサークルにも入りました。

出版サークルは少人数でほぼ遊び。活動時間はただだべって過ごすゆるゆるサークルでした。高校からの友達がいたので、ここは居心地が良かった。

イベント企画運営は、大所帯でコロナ禍で自由に動くことが難しく、オンライン会議ばかり。モチベーションも低く、メンバーがどんどん辞めていく始末。7人いた同期は3人になってしまいました。なので1人当たりの負担が大きくなってしまった。なのに私は同期の何分の1にも満たない仕事で精一杯でした。純粋に気力とキャパがなかったので、、、
そして気の強い後輩がいてメンバー同士がよく衝突していたことも辛かった。私は争いごとには巻き込まれたくないので、メンバーとの関わりは最低限にしていました。おかげで孤独感を深めることに。。

大学2年生で実働メンバーの最高学年になりましたが、人と関わるのが得意ではないので新しい提案などはせず淡々と最低限の仕事をこなすのみでした。
2年の秋に私の担当の企画があり、本当は後輩にも仕事を振るべきところをほとんど自分1人でやってしまったことで、すべてが爆発しました。
責任に押しつぶされそうになって企画前夜に帰りの電車で大号泣。家に着いたら倒れこんでずっと泣きじゃくってました。

そんな状態でも次の日大学に行き、なんとか企画を成功させました。
同期や先輩は褒めてくれましたが、ああやっと終わってくれた、という感想しかありませんでした。

その後私の精神状態はさらに悪化。
原因は、その後も最低限の仕事や関わりしかしなかった自分、後輩を育てなかった自分、仕事に興味を持とうとしなかった自分に最大の自己嫌悪になってしまったこと。

その年の12月、私はまた1人で次世代の選挙管理を担当しましたが、後輩がそのやり方に不満を持っていることを察して、ついに限界が来てしまいました。
そこからサークルの集まりに顔を出せなくなりました。
大学には行くけれど、会議の時間になると動けなくなり結局家に帰る、を繰り返し、体調不良やもう一つのサークル活動を理由に行かなくなりました。

そのまま就活に突入。
もちろんうまくいくはずがありません。
モチベーションはゼロでした。
自己嫌悪のまま就活なんて、最悪の結果しか待っていません。

大学3年の終わりごろ、鬱が悪化し、何も手に付けられなくなりました。

ある日、夜中にTwitterを見ていた時、タイムラインに流れてきた練炭自◯する人が練炭を炊きながら歌を歌っている動画を見てしまい、なぜか過呼吸が止まらなくなってしまいました。母親が部屋に入ってきて背中をさすってくれ、父親は就活が原因だと思って具体的な解決策を提案してくれました。

でも就活自体ではなく、自分のそもそものメンタルの問題であることは分かっていました。
なので、メンタルを立て直す時間が必要だと思い、猶予をもらいました。
休学は親が反対するので、大学院進学を提案。
親はあっさりOKでした。(4月頃です)
6月に説明会を受け、研究計画書を教授に添削してもらって、8月に試験を受け、大学4年の9月に合格をもらいました。そのあたりから徐々に鬱が収まりました。

私がメンタルを治そうと思ってやったことを紹介します。

①心療内科


まずは病院。色々質問されて泣きながら答え、「鬱状態ですね」と言われました。もらった薬は睡眠導入剤。鬱は基本的に寝て治すそうですね。でもあまり効果なく、、認知行動療法にしたいと伝え、カウンセリングを受けますが、うんうんと話を聞いてくれるのみで特に良い変化はなく。。これも正当な方法みたいですけどね。
なので4、5回通ってから行かなくなってしまいました。

②心理学の勉強


自分のメンタルをどうにかしたくて、4年の前期に、心理学の授業をとりました。そこで教授が薦めていた「オプティミストはなぜ成功するか」という本を読んでから、自分の気持ちをコントロールできるようになりました。それまで不安に頭が支配されていたのが、トレーニングによって自分で考える事と考えるタイミングを制御できるようになりました。
そして、姉に薦められた「メンタル脳」という本もよかったです。自分を生物として客観的に見て、自分の嫌いなところも生物の特性として理解してあげられるようになりました。

③大学院進学の準備


これもダメな自分に打ち勝つために必要なことでした。
大学のゆるゆるの授業に甘やかされ、プレゼンの機会を手抜きで台無しにしてきた自分に自己嫌悪になっていたので、口頭試問でプレゼンの機会がある院試を活用し、今までやってこなかった「プレゼンの練習」を何度も繰り返しました。大学に入って初めてちゃんと努力したかも。
おかげで入試をやりきり、久しぶりに達成感を味わいました。
もとはといえば、努力していた過去の自分と比較して落ち込んでいたわけなので、努力はメンタル回復にめちゃくちゃ大事なことなのでした。

④いろんな人に出会う


私の周りの友達は良く言えば信念が強い、悪く言えば固定観念に縛られたタイプの子が多かったので、サークルに行かなくなり友人関係が狭まった大学3年以降、自分の考えも凝り固まっているのを感じていました。なので社会人サークルに顔を出してみたり、あまり会っていなかった友達を遊びに誘ってみたり、他のコミュニティに所属してみたりして、とにかくいろんな人と会うようにしました。そしたら、いろんな考えや生き様に触れて少しずつ世界の見方がポジティブな方向に変わっていきました。
私は人とのコミュニケーションがうまくできなくて、嫌われたくないと思ううちに自分の殻に閉じこもってしまったことが鬱のきっかけでもありました。
でも最近は、嫌われてもいいからコミュニケーションをとり続けなければならない、と思っています。人と関わらない仕事なんてこの世に無いし、人間不信のまま人と関わるのを避けていたらどんどん頭の中が固まって鬱になっていく。人とのコミュニケーションは人生を生きる上で避けられないから、どうせなら前向きに関わりたい。そう思いました。

受験もPDCAを回し続けたように、コミュニケーションもPDCAを回し続けることにしました。絶対に途中でやめない。辛くても自分の現状と向き合って、関わる相手の良いところを真似してみたり自分のコミュニケーションを振り返って反省してみたり、、それを重ねていけば私を認めてくれる人はどんどん増えていくんじゃないか、と思っています。醜態をさらしてもいいから、自分の考えをちゃんと伝え続ける。途中で諦めない。自分の価値は自分で決めるのだから、勘違いされないためにもちゃんと自分を発信していく必要があると思います。消えたい自分はもうさよならだ!

⑤海外に行く


もともと海外にはあまり興味がなかったのですが、鬱になってから、現状を打破しなければ!このままこの環境にいたらまずい!という危機感で興味が出始めました。半分逃げるように、一人で参加できるツアーのようなものでタイとカンボジアに行きました。そこで出会った新鮮な景色や文化や人から、期待通り自分の凝り固まった価値観がほぐされるのを感じました。鬱が治った大きなきっかけの一つでした。

⑥整形する


私は生まれたときからド一重で、ずっとコンプレックスでした。中高ともにルッキズムが蔓延していて、今まで一重をたくさん馬鹿にされてきました。それが原因で自分に自信がなく、人と目を合わせることもままならない状態でした。整形にはもともとかなり抵抗があったのですが、従妹やサークルの先輩や同期、後輩がみんな二重整形をしていたので、自分の中でハードルが下がりました。どうせ同じ人生を生きるなら自信を持てる顔で明るく前向きに生きたい、そう思って勇気を出して母親に言いました。反応がとても怖かったのですが、「二重くらいなら!」と快諾してくれました。意外でびっくり。言ってみるもんですね、、!自分の中で勝手に相手にイメージをつけてそれに苦しんでいましたが、改めて妄想って良くないな、コミュニケーション大事だな、と思いました。整形してからは友達に会うのが怖かったりしましたが、二重埋没は今やメジャーだからか、大きな反応をされることはありませんでした。気が付かなかった!と言われることもありました。気を使ってくれてるのかもしれませんね、感謝。。
ちなみに私が施術してもらったのは水の森クリニックです。口コミがとても良かったのでここにしました。ナチュラルな末広二重にしてくれました!
最近は初対面の人でも目を合わせて話す練習をしています。目を見て自分の目に対するマイナスな感情を読み取ることがなくなったので、ストレスがだいぶ軽減されました。
私は自分のルックスによって生活に支障が出ていたので整形しましたが、一重でも可愛い・綺麗な女の子をたくさん知っているので、そこまで気にならないなら自分の個性を大切にしてみるのをおすすめします!

⑦ダイエットする


私はプレゼンなど人前で緊張する機会があるとストレスでよく過食に走っていました。おかげで大学入学後はぶくぶく太っていきました。
精神が限界だった大学3年の3月頃、親に遠回しにダイエットの番組を見させられた時、ああ私は家族にも見捨てられるんだ、と思いました。そこから怒涛の食事制限生活がスタート。親がお茶碗に白米を大盛にするから私は太るんだ、という他責思考をやめたかったのもあり、夜ご飯をほとんどとらなくなりました。食べても味噌汁とサラダくらい。朝昼に白米を食べるときは、2歳の時に使っていた小さなお茶碗を使って自分で少なめに盛りました。親には心配されましたが、突っぱねていました。自分の意志の弱さへの憎さが勝って続けることができました。また、その頃はほとんど家にいたので昼夜問わずたくさん寝ていました。(うつ症状で夜寝つきが悪く、あくびだけが止まらなくて涙で枕を濡らした日々もあってきつかったですが。。)

毎朝丸裸で体重計に乗り、アプリに記録していきました。
結果、体重は1週間に1kgずつ減っていきました。1,2週間に1回チートデイも設けてたまにリバウンドしながら、3月から9月まで半年も続けることができました。(免疫力が低下してしまったので今は休んでます。。ダイエットはほどほどに!)
おしゃれが楽しくなったり、身軽になって動きやすくなったり、だるさがなくなったり、量を減らした分一回一回の食事が美味しく感じたり、メリットがたくさんありました。
でもやっぱり、自分で努力して結果を得るという成功体験から自信につながったことが一番良かったことでした。

⑧身体を動かす


ダイエットとも関わりますが、身体を動かすことも鬱を治すために大切なことです。よく「筋トレすれば鬱なんてなくなる!」という言葉を目にしますが、それは分かってるんですよ。。でもそもそも筋トレするのがハードル高いんですよ。。となりますよね、笑
私は運動が苦手なので身体を動かす習慣がなくまあ鬱になったわけですが、筋トレはできなくてもある程度の距離を歩いている間はネガティブなことを考えない気がします。家でベッドで横になっている時が一番ネガティブ。。なのでとりあえず身体を動かして酸素を取り入れて、五感でいろんな刺激を受け取ってみれば、変な妄想を深めなくて済むのではないかと思っています。
街歩きは元々好きだったので、鬱が改善して外に出られるようになってから頻繁に散歩しています。
あとは、家にリングフィット(Nintendo Switch)があるので、それを家族でやっています。意外と楽しくて続くんですよ!最近はやってませんが笑
何かしら身体を動かす、一つのことに集中する習慣を持つことって変な妄想を止めるために大事なことだと思います!


⑨音楽を聴く


これは応急処置。何か嫌な考えや妄想が頭を支配しそうになったら、イヤホンガンガンで音楽を聴いてシャットアウトします。
私が良く聴いてたのはNewJeansです。Dittoが特におすすめ。魂が浄化されます。あとは藤井風とか聴いてたかな。イージーリスニングって言うみたいですが、鬱でいろんなことのハードルが高い時に聴きやすく、薬のように体に浸透してきます。

こんな感じです。
私の鬱の期間は、大学入学後~大学4年の9月くらいで、特にひどかったのは大学2年の12月~大学4年の7月でした。1年半以上、よく生きましたね。自分を褒めたいです。

次回は大学受験のメンタルの保ち方を書きたいと思います!
お楽しみに~~


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