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読書メモ・吉本隆明、糸井重里『悪人正機』(新潮文庫、2004年、初出2001年)

吉本隆明は、「思想界の巨人」といわれる。
学生時代、少し背伸びをして吉本隆明の文章を読んでみたが、どうにも難解で理解できなかった。

この『悪人正機』を読んだのがいまから12年ほど前の2012年である。古本屋で買って読んでみたら、これがもうじつに面白い。面白い、というのは語弊があるかもしれない。語られている言葉が、胸にストンと落ちる、という感じなのである。
吉本隆明が糸井重里さんのインタビューに答える、という形式で作られた本だと思うが、本の中で糸井さんはインタビュアーとしては登場せず、吉本隆明による「語りおろし」という形がとられている。糸井さんは、各章の最初に「前口上」として、簡単な解説というか、絵解きをしている。よけいな口を挟まない形式なのがよい。
そして吉本隆明の何気ない言葉がすごくよい。

「他人ってのは、自分が自分を考えているほど、君のことを考えているわけじゃないんだぜ」(「「生きる」ってなんだ?」)

これは正確には吉本隆明の言葉ではなく、彼が若い頃に言われた言葉だそうだが、自意識過剰の私には、はっと気づかされる言葉である。いまも時々「勘違い」してしまうことがあるので、この言葉をずっと自分に言い聞かせている。

「結局、そういう幼い時の、小学生くらいの友だちっていうのは、離ればなれに、もうどうしようもないくらいに別々になっちゃうんですね。その経験で僕が思ったのは「そいつがいい目にあってずっと生活できていればそれでいいや。以後、会うことはないかも知れないけどそれでいいんじゃないか」ってことなんですね」(「「友だち」ってなんだ?」)

小学生の時の友だちに限らず、離ればなれになっている友人のことは、この考え方をすればずいぶん気が楽になる。

「大学に行くってことは失恋を経験するみたいなもんで、がっかりすることが重要なんです。こんなもんかって見当がつくようになりますからね」(「「教育」ってなんだ?」)

そうそう。私も大学に入って大学院に進んで、こんなもんかってがっかりしたもんなあ。その感覚は、間違っていなかったのだ。

「結局、靴屋さんでも作家でも同じで、10年やれば誰でも一丁前になるんです。だから、10年やればいいんですよ。それだけでいい」(「「素質」ってなんだ?」)

素質を云々するよりも、一生懸命でなくてもいいから10年続けろ、というのは、学業、仕事、趣味、いずれにもあてはまる。私も10年単位で物事を考えるようになった。

「自分の、自己評価より上に見られるようなことをやっちゃいけないんですよ」(「「素質」ってなんだ?」)

これもわかるなあ。けっこう身のまわりにそういう人が多かったりするし、自分も、ともすればそうなりがちだしね。だからいまは自分を主張せず、ひっそり生きることにしている。

文脈から切り離してしまってよいのかという問題もあるが、それでも「思想界の巨人」の短い言葉のひとつひとつがストンと胸に落ちる感じがするのだ。


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