日本の扉の物語『すずめの戸締まり』
豊かな想像力が、人間を自然の脅威への恐怖から少しだけ開放してくれる。日本の要石の話は、村上春樹の小説などに現代の神話のよう謎めいて描かれてきたけれど、新海誠監督は、まるで江戸時代の絵師が大きなナマズ絵を描いて地震を表現したように、老若男女にわかりやすく、それでいて21世紀の日本人に響くメッセージを込めて、日本人の地震の迷信を物語化してくれた。
しかし、テーマは「地震」だけではない。日本人は躾として「きちんと襖を閉める」ということに意識を向けるが、そこに一種の美学を感じ取ったような新海監督の繊細な感覚が、『不思議の国のアリス』を源流にもつ「扉を開けたらそこは異世界」というテーマを扱った様々ファンタジー映画とは明らかに一線を画す、独自の世界観が作りあげている。
映画では、過去に置き忘れてきた感情の「扉を閉める」という点に着目している。私達はよく現実から希望する未来へ進むには、突破口となる「扉を開ける」必要があると思いがちだが、まるで「扉を閉めることから未来を開けていく」というちょっと矛盾とも取れるメッセージを、青く澄み切った日本列島の大空に、白い雲の文字で大きく描いていくように、鮮やかに描き出していく。
見終わった後、なにか日本に新しい神話が誕生した瞬間に立ち会ったような気持ちさえした。そして、次回私が日本に帰国したときには、自分の過去の扉がきちんと閉まっているのか、確認しておこうと思った。
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