#オスマン
「文明と文明の交差点(後編)」世界遺産の語り部Cafe #16
前編に引き続いて、トルコ🇹🇷の世界遺産【イスタンブール歴史地区】についてお話していきます。
前編はこちら↓
難攻不落の城塞と門外不出の秘密兵器
既に大国となっていたオスマン帝国であっても、“難攻不落”を誇っていたコンスタンティノープルの攻略は至難の業でした。
その理由の一つは地形です。
コンスタンティノープルの都は半島の先端に位置しており、全体を「テオドシウスの城壁」と呼ばれる3重の
「文明と文明の交差点(前編)」世界遺産の語り部Cafe #15
今回は、トルコ🇹🇷の世界遺産【イスタンブール歴史地区】についてお話していきます。
“歴代大国の首都”
トルコ北西部に位置する「イスタンブール」は、ローマ帝国やビザンツ帝国、オスマン帝国といった大国の首都であった歴史を持つ都市として知られています。
イスタンブールの起源は、紀元前7世紀頃にギリシャの都市国家である「メガラ」のビザス人が建設した都市とされています。
ビザス人にちなんで「ビュ
「流浪の騎士団が築いた要塞都市」世界遺産の語り部Cafe #12
本日は、ギリシャ🇬🇷の世界遺産【ロドスの中世都市】とマルタ🇲🇹の世界遺産【バレッタの旧市街】についてお話していきます。
前回、前々回に続き、【十字軍】関連の世界遺産についてお話します。
↓十字軍編の過去記事はこちら↓
十字軍の拠点となった【エルサレム王国の首都アッコ】が陥落して以降、第9回十字軍を最後に、再び組織されることはありませんでした。
中東を追われた十字軍の
「ウィーン包囲とバタフライエフェクト」世界遺産の語り部Cafe #1
本日、晴れてブログを開設いたしました!
第1回目はウィーンのコーヒー文化にまつわるお話ということで、「ウィーン包囲とバタフライエフェクト」について綴っていきます。
第二次ウィーン包囲
トルコの前身である「オスマン帝国」が、現オーストリアの首都ウィーンを包囲した出来事である「ウィーン包囲」は、オスマン帝国最盛期の1529年、衰退へ向かう過渡期となる1683年の二度に渡って展開されました。
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