紫色のトートバッグ
学生時代は総じてろくなものじゃなかったけど、大学生の時にすごく好きになった人がいた。人生初の一目惚れだった。
今日、春の生暖かい風を受けてほのぼのと歩いていたら、急にその人の好きだった部分を断片的にたくさん思い出した。改めて思い出してもすごく素敵な人だったので、誰かに伝えたくなった。
我ながら気持ち悪いなと思うが、人に話すのはもっと気持ち悪い気がするし、ここに書いてしまおうと思う。
その人は毎日同じシンプルなトートバッグを使い続けていて、それがすごくかわいかった。
多分とても良い生地の鞄で、使い古されている感はあるのにボロっちくはなかった。
今でも鮮明に思い出せる。A4のノートがしっかり入る大きさで、濃い紫色で、持ち手の部分だけ薄紫だ。
初めて二人で駅まで帰った日の翌日、土曜日だったけどなんとなくその人が大学にいる気がして、なんの用もないのに登校した。
用がないので適当にぶらついていたら、なんと幸運にも図書館で目撃することができた。なのにドキドキしすぎて結局話しかけられなかった。もったいない。
本棚の隙間から見えた横顔がすごく綺麗で、あ、ちょっと鷲鼻なんだなとか思った。
その時もやっぱりいつもの紫色のトートバッグを持っていて、かわいかった。
その人は絵を描くことが好きで、実際すごく上手だったけど、ある時クラスの友達に「絵を仕事にしないの?」と聞かれたら、「自分の絵に愛着があるから売りたくないんだ」と答えていた。
それを私はこっそり聞いていて、やっぱりなんかもう、めちゃくちゃ大好きになってしまった。
本当に大好きだったけど、友達で居られなくなることが怖くて結局告白はできなかった。
卒業式の日に告白しようかなとかぼんやり思ってたけど、コロナで卒業式は中止になってしまった。
まあ、中止にならなくてもどうせ告白は出来なかったと思う。単に意気地がないからだ。
最後に会ったのは卒業間際の飲み会だった。私とその人とその他10人くらいでだらだらカラオケオールした。それ自体は別に面白くもつまらなくもなかったけど、帰りにその人と私だけ路線が一緒で、奇跡的に二人きりで始発電車に乗ることが出来た。
まだ卒業って実感わかないよね、とかなんとかたわいもない話をしていたら、急にこんなことを言われた。
「motorさんって急に誰にも言わずにどっかに消えそうだよね。そういうイメージがある。だから卒業したら一生会えなくなりそう」
なんでそんなことを言われたのか未だによくわからない。ただ私はそんなふうに思われていたことにすごくびっくりして、同時にすごく寂しくなって、「消えないから、また遊ぼうよ」と言った。
そうしたら「うん、遊ぼうね」と笑ってくれて、本当に本当に嬉しかった。
あーあ、今頃どうしてるんだろう。やっぱり告っとけばよかったかなぁ。
でも例え地球がひっくり返ってもその人は私のことを好きにならない。それが直感的にわかっていたし、多分だからこそずっと好きでいられた。
今の私は、大学の時の私よりずっと健康的で穏やかだと思う。
好きになんかならなくていいから、今の穏やかな私をちょっとでも見てほしい。
そうしたら、少なくとも「急に消えそう」なんてイメージは払拭できるんじゃないだろうか。
この懐古に特にオチはない。
いつかまたあのかわいい笑顔に会いたいなーと思う、それだけ。
その時にはさすがに別の鞄を持ってるのかなぁ。
それはそれで、見てみたい。