僕への最大の褒め言葉は「社会不適合者」 Part②
こんにちは。
いつも右だけワキ汗をかくジャンです(笑)
ワキ汗さんに左右差があることは特に問題ないけど、「なぜ右だけ???」と疑問は常に感じています!
この記事を書いている今も、シャツの右ワキだけが湿っていて、いまいち集中できていませんが、意識を右ワキからPCに向け直してお届けしたいと思います(笑)
今日のお話は、昨日の記事の続きになるので簡単に前回の話をまとめてみました。
【前回のあらすじ】
大きな交通事故にあい、流動食になった僕がなんやかんやあって、社会復帰できるまでに回復したが、「理学療法士」という仕事を続ける中で、身体的なキツさとある”違和感”によって、「安定した職業・地位」を捨てる決断と、新たな道へ進む”決断”をしたというお話。
今日は、その”決断”について話したいと思います。
僕が理学療法士を辞めるときにした決断とは
・安定した仕事を辞める決断
・自分の道を自分で切り開く決断
この2つでした。
前回も少しお話したんですが、「理学療法士」という職業は、国家資格を持ち病院などで勤務する、いわする「医療者」であり社会的地位も認められているお仕事なんです。
全国的に見ても低所得な沖縄でも、比較的いい収入を頂けます。
「医療者」「資格持ち」「社会的地位」「高給取り」
こんな言葉たちが並ぶ仕事を辞めるなんて、普通に考えたらありえないですよね?
僕もこの言葉達には、かなり引き止められましたね(笑)
「大金払って取った国家資格をムダにするの?」
「やっと安定した仕事を手に入れたのに?」
「辞めて何するの?」
「やっぱり辞めるべきではなかったのでは?」
こんな思いばかりが、毎日頭の中をぐるぐると無限に回り続け、考えること自体がどうでもよくなってしまった時期もありました。
そんな状態でも、毎日の辛い現実は容赦なく僕を苦しめていました。
ダラダラとSNSやYoutubeを見たり、「何かしないと」と思い立ってブログを開設したけれど3日しか持たなかったり、自問自答を繰り返したり。
そんな生活を続けていると、あることを考えるようになったんです。
それは
「自分はどう生きたいのか?」
シンプルかつとても難しい問いでした。
35年生きてきて、この問いについて考える機会なんて今まで一度もありませんでした。
目の前に訪れる”日々の現実”をこなすばかりで、「自分の生き方」を考えたことがないのに気付いたんです。
それからは、自分と会話する時間を増やしました。
やることはシンプルでした。
紙とペンを使って、「自分はどう生きたいのか?」の問いに対して、思い浮かぶことをただ書いていく。
ほんそれだけ。
でも、不思議なことに書いていくと頭も整理せれていくし、「自分ってこんなこと思ってるんだ」と改めて認識したり、多くの気付きがありました。
改めて気付いた自分は結構面白かったです(笑)
「周りの人が当たり前にできることができない」
「周りの考えに共感できない。また、自分の考えが共感されない」
「世間一般の"普通"や"当たり前"がまったく理解できない」
なかなかの変わり者ですね。
そりゃ「社会不適合者」って呼ばれるわ(笑)
ただ、こういう気付きがあったおかげで、「社会の中で生きづらい」ことは別に変じゃないんだよって、自分を受け入れらるようになりました。
自然な気持ちで受け入れられるようになってからは、今までより自分を否定することが減りましたね。
それだけでも、だいぶ心が安定したのを覚えてます。
ただ、次の問題として、「一般社会で生きられない」ならどうやって生きていく?って壁にぶつかったんです。
一般社会で生きられないからと言って、「仕事をしない」というわけにはいきませんからね。
そこからもまた、自分自身と色々と会話しました。
そしてたどり着いた答えは
自分の生きる世界がないなら、これから自分で作ればいいやん!
でした。
なんてシンプルな(笑)
そこから「自分が生きられる世界作り」が始まりました。
僕はいつも、この話は「山」に例えて話しています。
山の頂上が「自分がどう生きた」というゴールなんです。
登頂するためには、「自分がどういきたいか」がはっきりしないと登り始めることも、登り続けることもできないんです。
ちなみに、この山を『ジャン山』と命名しました!
ジャン山の頂上には、「自分がどう生きた」が待ってるんです。
自分の「どう生きたいか」
それはシンプルでした。
「自分の好きな人達と、自分の好きなようにやる人生を送る」
「ありきたりだな」って思いませんでしたか?
確かによく聞く言葉ですからね。でも、それでもいいじゃないですか!
だって、僕がそうしたいと思ったから(笑)
朝早く起きて、家のそばにある大好きな海を散歩して、鼻歌まじりに朝食を作り、大好きな家族と食事して妻を職場まで送迎し「行ってらっしゃい」と見送る。帰ってからは家事して、大好きな子供たちと遊び、昼あとからは大好きなクライアントさんとセッションという名のお喋りタイムを過ごし、夕飯作って、迎えてきた妻と海を散歩して家路につく。
具体的に書くとこんな生活です。
「好きな人達と好きなことをして過ごす」
僕は、誰から何と言われてもこんな生活がしたいんです!
ジャン山の頂上まで行きたい!!
自分と会話を重ねてそう思ったんです。
だから決めたんです。
ジャン山を登り始めるって。
その為に、自分の時間を削って稼ぐ「雇用」から卒業して、自分の時間を自由にできる「自分の力で稼ぐ」へ考えをシフトしました。
これこそが2つ目の決断である
「自分の道を自分で切り開く決断」
だったんです。
ただ、世の中そんなすぐ上手くはいきません。
この決断をして実際に稼げるのはまだ先の話かもしれません。
でも、決断して挑戦しない限りは絶対に頂上まではいけませんからね。
挑戦した人には、頂上まで行ける可能性があるが、
「何やってんだよあいつ」と指差して笑っている人には、その可能性は1%もありません。そんな人間だけはなりたくなかったんです。
こんだけ熱く語っといてなんですが、自分はまだジャン山のふもとでキャンプをしていて、実際には登り始めていません。
なぜって??
今の登るとすぐ遭難するからです(笑)
自分は山を登る決断はしたけど、最低限必要な「自分の体力」「山の知識」「登山装備」がまったくなかったんです。
これでよく登ろうとしたなと自分でも思います(笑)
だからか今は、ジャン山のふもとでキャンプをしながら、登頂に向けて”準備”しています。
「いやとりあえず行動しろよ」と言われそうですが(笑)
ちなみに、リンカーンの「斧の名言」って知ってますか?
僕の好きな言葉です。
『もし8時間、木を切るための時間が与えられたなら、私は6時間、斧を磨くことに費やすだろう』
何の準備もしないで木を切り始めて8時間使うと、切れ味が悪く体力も使うし、切り終わった時には、ボロボロの斧が手元に残ります。
しかし、事前準備である「斧磨き」に6時間使い2時間で切ってしまえば、ムダな体力も使わないし、切り終わっても切れ味のいい斧が残ります。
どちらも同じ8時間なのに、こんな差が出ます。
これこそが大事だと思うんです。
ただ、斧を磨いている時って、周りのみんなの木がどんどん切れていくので焦りますよね。
僕も周りを見てよく不安になったり焦ったりしてます(笑)
しかし、そこで焦ってみんなと同じように切り始めたら、同じような結果にしかならないことも分かってるんです。
大事なのは、そこで焦らずに自分を信じて”準備”に徹するんです。
だから、自分が今稼げていないのは、斧を磨いている期間だからなんです。
決して売れてないわけではないですよ(笑)
もし今、周りと自分を比べて焦っている人がいたら、「斧の名言」を思い出してください。そうすると、とりあえず進むというのが大切ではないことに気づくと思います。
これが僕の大きな決断2つの話でした。
えっと、、、
今回は文章がものすごく長くなってしまいました(笑)
文章構成もない内容ですが、「今の自分の熱い思い」は出し切りました!!
ここまで読んでくれた方には本当に感謝です。
ありがとうございます!
最後にまとめると
色々話しましたが、結局僕は「社会不適合者」だったってことです(笑)
僕のことを「社会不適合者」と思ったらスキしてくださいね(笑)
また明日会いましょう!【サンカイル】のジャンでした。