見出し画像

【読書録】三島由紀夫『金閣寺』と年間ベストバイ

年の瀬。

上の記事でも書いたように来年は三島由紀夫の生誕100年で、様々な催しや出版が続いている。他の「文豪」と呼ばれる作家たちに比して政治的な印象が強く読まず嫌いをしていた三島作品だったが、この機会に読もうと代表作である『金閣寺』(新潮文庫;1960)をブックオフで購入。おそらく今年最後の1冊。

カバーが速水御舟「炎舞」に改装された2003年改版の127刷。2020年の改版からは恩田陸さんの解説が載っているらしい。

人に理解されないということが唯一のほこりになっていたから、ものごとを理解させようとする、表現の衝動に見舞われなかった。

p13 三島由紀夫『金閣寺』(新潮文庫)

他人がみんな滅びなければならぬ。私が本当に太陽へ顔を向けられるためには、世界が滅びなければならぬ。……

p17 同上
柱の「金閣寺」の文字が、金閣寺という美の象徴に取り憑かれている主人公の精神を思わせる。

とにかく精緻で密度の高い文章が凄まじい。全行がパンチライン。31歳で著したというのが信じられない。今さら一読書人である自分が何かを新しく語る隙がないほどに様々な角度から批評されてきた作品だと思うが、現代的な視点だと「障害をもった主人公」や「悪の萌芽」という共通点からトッド・フィリップス監督&ホアキン・フェニックス版の「ジョーカー」が思い起こされる(SNSにも同様の声がちらほらと見受けられた)。ただ社会への憎悪や復讐心のようなものはあまりなく、観念的な「美」を破壊することで自身を肯定しようとしているところが決定的に異なっている。
つい最近、原題が『人間病』あるいは『人間病院』だったという資料も公開された。

『それにしても、悪は可能であろうか?』

p202 同上

吃音もちの主人公が企図する「金閣寺=美=永遠性」の破壊という「行為」は悪として全くもって凡庸で、エントロピー増大の法則に則っただけの愚なんだけれど(エントロピーを減少させる方向の作為にこそ人間的な美が宿ると個人的には思っている)、そんな主人公の「悪への傾倒」を描くこの物語そのものが圧倒的な「美」を湛えている、という構造には読んでいて眩暈がする。小刀を舐め上げる主人公に「悪のステレオタイプってこんな時代からあったのか」と少し笑ってしまった。それともこの小説が原型?

吃音について今ふと以前聞いた伊藤亜紗さんとDosMonosの荘子itとTaiTanの鼎談を思い出したのでリンクを貼っておく。

政治思想としての「右翼」と「左翼」を丸山眞男のいう「自然」と「作為」だとすると、一般的に屈折したナショナリストであると言われる三島は実のところ強烈に左翼的資質を備えた人だったのではないかと本書を読んで思った。つまり徹底的な作為をもってして小説や自身の人生までもを支配しようとしたことにより、道化のように右翼的なポーズをするしかなかったのではないかと。この辺りは同時代を生きていないから仔細には分からない(全く的外れかもしれない)し、東大全共闘との討議ドキュメンタリーを観て(代表作とはいえ)一作を読んだだけの自分にはなんとも言えない。

「美は……美的なものはもう僕にとっては怨敵なんだ」

p275 同上

『金閣を焼かねばならぬ』

p243 同上

友人が毎年している年間ベストバイを真似してみる。

家電部門:食器洗い乾燥機NP-TSK1(Panasonic)

妻に「食器洗い乾燥機がほしい」と常々アピールしてきたが「場所がない」「工事が大変」「手で洗えばええやん」となかなか踏み切ってもらえなかった食洗機。1月に家電量販店でタンク式かつコンパクトなものを見つけて「これなら」と購入。生活の質が完全に変わった。手の荒れやすい妻も大満足。あとはテクノロジーが進んで洗濯を全て済ませてくれる家電が爆誕してほしいところ。

ファッション部門:ruck-tote(ROOTOTE×nendo)

基本的には手ぶらが最強だと思っているので、カバンに求める条件は「四六版の単行本が1,2冊入る」「すぐ小躍りができる」くらい。そんな自分にちょうどいいカバンを発見。カバンに求めてるものが必要十分に満たされているし五角形も珍しくて好き。値段もお手頃。帆布は汚れやすくて猫の毛まみれになるので他の素材バージョンも作ってほしい。

CFCL×ASICS GEL-LYTE III CM 1.95と迷ったけど、これは買ったのが去年だった。何かの雑誌でライムスターの宇多丸さんが2足か3足買ったと書いていたが、その気持ちもわかる名作。

GEL-LYTE IIIフリークとしてCM 1.95シリーズは全力で買って応援していくので作り続けてほしい。(資本主義的な購買行動がこのシリーズの環境に対する思想と矛盾してはしまうけれど)

書籍部門:豊永浩平『ちちいや、うんまい』(講談社)

様々な作家や批評家が挙げており、群像新人文学賞と野間文芸新人賞も受賞した本作が今年のNo.1。21歳の大学生がこれだけ高いレベルで「物語の面白さ」「実験的な構成」「批評に耐えうる強度」を併存させた作品を書き上げたというのも本当にすごいし、書かざるを得なくさせた沖縄/世界の現状を深く憂慮する。
読んだのはねぶた祭の観覧ついでに妻の親族に挨拶をしに青森へ行った旅中。現地の人との会話から感じた「周縁/辺境」に住む人の自虐と誇りの入り混じった精神性に、本書から受けた沖縄の印象と同じものを感じ入った。またちょうど広島では平和記念式典が開催されており、知事の挨拶も胸を打つものがあった。

今年はハン・ガンがノーベル文学賞を、日本被団協がノーベル平和賞を受賞した。こういった喜ばしい出来事はもちろん現在の世界情勢の裏返しであるので、来年が少しでも明るい年であるよう、切に願う。良いお年を。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集