カート・ヴォネガット著『タイタンの妖女』読書感想文
「わたしを利用してくれてありがとう」p.441
火星で唯一、詩を書いた彼女のこの台詞は、今まで聞いたことのない言葉だった。
人間、誰しもが生きている限り、他の誰かに寄り掛からなくては生きてはいけない。そして、"生きる"ということは、自分以外の"他の誰か"、或いは"他の何か"によって生かされている、という側面を持つ。
他の誰よりも人に利用されることを嫌った彼女が、死ぬ間際にそれを受けいれ、記憶を消される前はあれほどまでして自分から遠ざけようとしたコンスタントに向けて吐いた、このシンプルな台詞は、力強く私の胸に響いた。
この物語の登場人物達は皆、別れの際や、死ぬ間際になって、物語の核心に触れるような、重要な台詞を吐く。それは、別れや死と対峙することによって初めて、人間は生きるということの本質を知るからなのかもしれない。
そして、生きる上で最も重要な事は、多くの場合、実はこの上なく単純で、とてもシンプルなのだろう。トラルファマドール星人が、"宇宙の縁から他の縁へ"他の惑星をも巻き込んで届けようとしたメッセージが、ポツ一つ、"よろしく"という言葉であったように。
人間は幸か不幸か、他の生き物とは違い、生存の為にあまりにも複雑なシステムを創り上げた。そのシステムによってがんじがらめになりながらも生きている、醜く滑稽な人間を、著者はユーモラスに、そして、愛を持って描いている。
宗教も哲学も芸術も、宇宙に行くことだって、本来は、そんなポツ一つ、"よろしく"を伝える為に人類が発明した、"大いなる壮大な遊び"の様な気がした。
そして、そんなポツ一つ、"よろしく"を伝える為に描かれた、この回りくどく、歪でおふざけに溢れたユーモア小説を、8年間本を出さなかった著者が、楽しみながら書いたという事実が、何より私を愉快な気分にさせてくれた。