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ほんの立ち話くらいのこと
6月○日 夏眠届け
“夏眠”させてください。冬がんばるので。どうか。
6月○日 ぼっしゅーと
来月7日の都知事選を前に、そこかしこで選挙ポスターの掲示板をみかける。
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それにしたって、長い。
いったいどれだけ候補者がいるんだ。知るかぎり、都知事はたしか一人だったと思うのだが。
なんでも都知事選に立候補するためには300万円の供託金が必要だという。
しかも、有権者数の1/10の得票数を獲得できなければその供託金は問答無用で没収されるのだとか。
300万円を棒に振ってでも世間にひとこと物申したい。そんな“俺の話を聞け”系な人びとがこの世の中にはこんなにも存在するのだ。驚く。それはだいたい、コスパ的にどうなんだ?
その点noteはいい。なにせ供託金がない。
おかげで没収におびえることなく言いたい放題させてもらっている。ありがとう。
だって、あなたの記事はスキが少ないので供託金を没収しますなどと言われた日には、ただ貝のように押し黙るほかないではないか。
6月○日 相談には二通りある
およそ相談事には不向きな人間と思っているのだが、それでも歳を重ねれば人並みに相談にのってほしいなどと声がかかることもある。
そうしたなかで自然と理解するに到ったのは、この「相談」ということばは二通りの意味合いで使われるということだ。つまり、
ひとつには、なにか具体的なアドバイスを乞うべくなされる相談であり、もうひとつは、「アドバイスとかいいからとにかく話を聞いて」という目的でなされる相談である。
そして、およそもちかけられる「相談」の大半は後者にあたる。ちなみに、きょうの相談もそうだった。
相談にのる際には、だからまず早い段階でそれがどちらの「相談」かを見極めることが重要だ。そして、相手が望む対応をとらなければならない。
とはいえ、ただ相手の「話を聞く」ことの、なんというむずかしさよ。
そもそもひとりっ子の辞書に「相談」という文字はない。
原則、話をするのも聞くのも得意じゃない。よりによってなんで俺にそんな相談を、と思いながらもっともらしい顔で相槌を打つ。
そんな折、推しのヨジャドル(ガールズグループ)のリーダーがインスタでこんな本を薦めているのをみて渡りに船とばかりにさっそく手に入れた。
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日本語版の帯にはこう書かれている。
誰かの苦痛と向き合ったら「忠助評判(忠告・助言・評価・判断)」をしてはいけない。ただ共感しなさい。
まさにこれぞ「聞き役」の極意ということなのだろうけれど、頭ではわかっていてもこれが一番むずかしい。
つい意見したくなる気持ちをぐっとこらえ、適切に相槌を打つことに全神経を集中する。
経験上、適当な相槌は100%相手に見抜かれるので要注意だ。
そう、けっきょく重要なのは“共感力”なのである。
ぼくが相談相手として不適格なのは、まさにこの“共感力”が絶望的に欠如しているせいではないか。
そのうえ、共感力は技術とはちがうので訓練でかんたんに身につくものでもない。
相手が満足ならまあいいかなどと思いつつ、モヤモヤとしたままただ相槌を打つひとになっている。
6月○日 この現象に名前を
図書館に本を返却しに行き、返却するのを忘れたまま新たに本を借りて帰ってきた。
この現象に名前があったらだれか教えてほしい。ただし“認知症”以外で。
6月○日 フレンチ・ミステリの引力
何年かに一度、おそらく心に“自由”が欠乏してくると、引っ張られるようにしてフレンチ・ミステリが読みたくなる。
とりたててくわしいわけではない。ただ、フランスの作家の書くミステリに共通のある肌触りが妙に恋しくなるのだ。
この『カービン銃の妖精』は、クレーマー対応を生業とする職業的“身代わりの山羊”マロセーヌと彼をとりまく人びとを描いた人気シリーズの第2作である。著者はダニエル・ペナック。
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80年代のパリ郊外、移民が多く暮らす「ベルヴィル」地区を舞台に、老人ばかり狙った連続殺人事件の背後に潜む巨悪の存在が次第にあきらかになってゆく。
この作品の魅力は、トリックうんぬんよりも、なにより個性的なキャラクターが躍動する群集劇的な人と人とが織りなす関係の機微にある。
全員が好き勝手に動いているように見えて、それが勝利を決める最後のシュートにつながっているのだ。読み終わった後は、まんまとゴールを決められたキーパーのように呆然と立ちすくむしかない。
まったくもって協調性のかけらもない人たちが、ある瞬間たった一点だけのために団結する。そのときの、エネルギーの爆発のものすごさ。フランス産のミステリにはそういったところがある。
その“一点”とは、言うまでもなく“自由”のことなのだけれど。