パン職人の修造112 江川と修造シリーズ ロストポジション トゲトゲする空間
「なあ、さっき揉め事があった?」修造は立花に小声で聞いた。
「はい実は、、」
そばで見ていた立花が和鍵の態度については教えてくれたが小声での会話まではわからないと言う。
「えーそれは傷つくなあ。悪いけど和鍵さん呼んできてくれる?」
立花に呼ばれて廊下に和鍵が出てきた。
「さっき江川に材料の量の事で注意されたんだろ?どんな話だったの?」
「はい、、すみません」
和鍵は修造には素直に謝った。
「私ちょっと塗り過ぎちゃったんです。沢山塗った方がお客様が喜ぶと思って。そしたら江川さんが計って多いって、、」
と言って泣き出した。
泣くところなのか?
「わかったよごめんごめん。江川も一生懸命なんだよ。今度からお互い気をつけようね」
工房に戻った和鍵の背中を見送り事務所に戻る。
別に江川が悪いわけじゃないと思いつつも『お互い』と言ってしまったと後悔する。
「江川、気分はどう?少し落ち着いた?」と聞いた。
「はい、すみませんでした。僕和鍵さんになんて言ったらいいのかわからなくなって。でももう大丈夫です」
確かにさっきよりは落ち着いて見える「みんな忙しくてイライラしてるのかもね。俺も工房に行くけど一緒に戻れる?」
「はい」
工房に戻って江川と作業しながら皆の様子を観察した。
江川は孤立しているのか?
立花他数名はそんな事は無いだろうが忙しくてそれどころじゃない様だし、和鍵は登野里緒、平城山と派閥みたいな物を作りつつあったが平城山はさっさと辞めてしまった。
和鍵は誰かが注意されるとすかさずそこに行き、不満などを聞いて味方になっている。
店や江川が悪いと吹き込んでおかしな信頼関係を築いてる様だが、ハッキリとは聞こえてこないのがやっかいだ。
修造は兎に角やる事が多くて事務所にいて長いこと用事をしている時もあるし。そんな時江川は冷たくされる様だ。
終業後
家に帰って和鍵は母親と話していた。
それは自分の言った言葉以外の見たままの内容だった。
江川さんってNo.2がいて自分には厳しく、計りを持ってきて自分の仕事をチェックした事。
オーナーが来て色々質問してきた事。
その後オーナーが江川と入ってきてジロジロ仕事の様子を観察していた事など。
「鬱陶しいわ」
「可哀想な季良梨、あんたは悪くないんでしょう?」
「うーん」
「だったら毅然とした態度をしてれば良いのよ。そんなおかしなオーナーや従業員に負けないで。また何かあったら教えてね」
「うん」
ーーーー
何日か後
修造は店内で袋入りの焼き菓子やドリップバッグが消える事が度々あるとカフェ担当の岡田克美と中谷麻友から報告を受けた。
「中谷さん、どのぐらいの頻度で無くなるの?」
「まだそれはわからないんですけど、私が担当をしていて、売れてないのに無くなってる物があるんです。気をつけて見てる様にします」
岡田が納品書を持って説明してきた「数量で言えば、例えば初日からこの商品は60個あったんです。レジを見てみるとこの商品は36個売れてる、それなのに実際の残数は24無いといけないのに18個しか無い」
「うわ」修造は驚くと共に岡田が頼りになると感動した。
「ほかの商品10種類も足りない分がこれです。袋入りだからわかりやすいですが」
「中谷さん、岡田君ありがとう。また何かあったら教えて」修造は調査表を受け取って店の様子をよく見てみた。
うーん。
レジでは客が並び安芸川と姉岡が忙しそうにしている。
修造はパン箱をもって「いらっしゃいませ」と周辺の客に挨拶してトレーに焼き立てパンの補充をしながら「こういうのは持ち去りようがないもんな」と呟いた。
そのあと工房で仕事しながら様子を見たが江川と和鍵は距離をとって仕事している。
「うーん、各方面に目配りしないとな」
ーーーー
さて
また新しいメンバーがやってきた。
「白栂雅子(しろつがまさこ)と申します。よろしくお願いします」皆に爽やかに挨拶した。
白栂は和鍵と同じ年齢ですぐに打ち解けた様だ。
上手くいってくれるといいけど。修造はまだ平城山ショックから立ち直っていなかったのでちょっと祈るような気持ちだった。
「明るそうな人で良かった」
ところが
白栂は何度も遅刻してくる。
反省はしてる様だがしばらくするとまた同じ様な遅刻。
そして修造を悩ませたのが白栂とのやり取りだった。
今日は人がいなくて「あ、いいよその仕事は、自分の仕事をしていて」と言うと、もうこれはしなくていいんだとかもう次は要らないのかなと思う様だ。
こちらは全体を見て手が足りないかどうかを見てるのだが、白栂は自分と自分の仕事だけを見てるからそうなるんだろう。
なので次に今日は人がいてゆったりだから、これなら白栂にもできるだろうとやらせると、こないだはやらなくっていいって言ったのになんで?となる。理解できない様だ。
おまけに甘くしてるとそれが当たり前になっちゃうし、厳しく言うとパワハラになっちゃうし。
また和鍵が白栂を慰めてる。
これが店の為を思ってやってるならありがたい存在なのに店が悪いという展開になって行く。
最近では和鍵と白栂は江川を無視して、2人のやりたい様にやってる様だ。
ーーーー
ある日
江川が板に※パンマットを乗せてそこに成形したバゲットを波板状に並べ、その板ごと持って奥のホイロに移動しようとした。
「あ」
中央のテーブルの右には最近は仲直りしてうまくやっている西森と大坂が板の上の生地を※スリップピールに並べていて通れない。左は和鍵と白栂がテーブルの前で仕事している。江川は和鍵達の後ろを通るしかなく「ちょっとごめんね」と言って通ろうとした。狭い通路なので和鍵と白栂はテーブルに寄って後ろをあけないといけない。江川が通り過ぎようとしたその瞬間白栂が後ろに下がった。
「あっ」
「いま私のお尻を触りましたよね」
「触ってないよ!ちょっと当たったかもしれないけど」
「ちょっとって何ですか?触った事に変わりないでしょう」
和鍵も白栂に加勢した「セクハラだわ」
つづく
※パンマット 厚手の綿100%の布。板の上に乗せてそこにパンを置いてホイロに入れたりする。
※スリップピール 直焼きのパンを窯に入れる為の道具。シングル布団より小さい物からその半分の大きさの物など大きさは色々ある。パンを乗せた後、奥まで入れてオーブンの入り口の出っ張りに引っかけて引っ張ると中にパンだけが残る仕組み。
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