パン職人の修造 148 江川と修造シリーズ flowers in my heart
「こら、大地」
律子の実家が壊れたら一大事だ。
流石に大地を抱き上げて「やっちゃダメ」と叱ると足をジタバタさせて飛び降り、巌の所に走って行ったので「大地!」と律子が叱りつけた。
「元気でいいじゃないか、だいちゃんはエネルギーが有り余る程あるんだよ。まだ2歳なのにいい蹴りだったな!将来は格闘家になるかい?」巌は膝から背中によじ登る大地を見ながら言った。
修造は壁を調べてどうもないのでホッとした「もうすぐ空手道場に連れて行こうと思っています。緑も通っていますし」
「そうかそうか、空手を習うのかい?だいちゃんなら壁を突き破れるかも知れないよ」
「まただわ、お父さんはいつも子供達に甘すぎるわよ。大地の為にならないわ」と律子に叱られる。
「躾はお前達の仕事だろ、おじいちゃんはたまに会うんだからだいちゃんに嫌われたくないもんねぇ」と巌は膝に座って「うん」と頷く大地に笑顔を向けた。
修造は律子に叱られるから言わなかったが、ジャンプからインパクトまでの的確な蹴りの姿勢が確かに2歳児とは思えない『絶対才能あるな、早く道場に連れて行こう』
食事の後
庭で巌と容子が孫と花火を楽しむ姿を見ながら縁側に座って道の駅で買った北アルプスブルワリーのクラフトビールを飲んでいた。
律子が台所の片付けを終えて花火に参加したので、巌は修造の横に座った。
修造は黙ってビールをグラスに注いで渡した。
「空手はお前の実家の近くにある道場にも通わせるつもりなのか」
「はい、そうするつもりです」
「そうか」
そのまま2人は何も話さずに終盤の線香花火が小さく弾けるのを見ていた。
「律子を頼むぞ」
「はい」
巌の方を向くと、暗い中に花火の赤い色がうっすら当たり、以前よりも歳をとり小さく見える横顔があった。
ーーーー
9日間の休暇が終わり
修造が家族と過ごしてリフレッシュして帰って来た。
正直、皆修造が休んでいた為忙しさに拍車が掛かっていたのでホッとした。
「みんな急に抜けてごめん」
明日から1周年記念イベントが始まる、皆準備をしている最中だった。
「大丈夫ですよ」と言いながら重戦車の様な修造の仕事ぶりに皆内心『ポイントの高すぎるシェフ』と思っていた。
しかしそこで修造は言わなくてもいい事を言ってしまう。発酵カゴを沢山乗せた板を持って立花の横を通り過ぎた後で振り向き
「立花さん、藤岡って知ってる?」と聞いた。
丁度ボールを抱えてホイッパーで生クリームを立てていた立花が途端にボールを滑らせて下に落とした。ガシャーンと音がして、横にいた江川の顔にクリームがビチャッと飛んだ「きゃっ」慌てた江川は後ろにいた登野の足を踏んだ「痛い」手に持っていた天板が2枚ともバーンと下に落ちてラスクが散乱した。
ボールはクリームを撒き散らした後、グワングワンと音を立ててその場でグルグル回っていた。
大坂はボールをシンクに入れて、立花がホイッパーを手に持って立っているので脇に避けてタオルであちこち拭きながら修造に何か文句めいた事を口パクで伝えている。
惨状を見ながら修造は「ごめんみんな」と言った。
大坂は下を拭いた後ホイッパーを手から離して「休憩行きましょう」と言って2階に連れて行った。
江川が「僕も行くよう」と着替えに行こうとしたので「まあまあ、ほらこれで拭いたらいいでしょう」と皆に引き止められる。
2階の休憩室では
大坂はタオルを洗って立花の手や靴のクリームを拭いてやっていた。
「ごめんなさい、拭き掃除ありがとう。修造さんの口から意外な人の名前が出たから驚いて」
「藤岡って言うんですね」
「そう、もうあまり思い出さない。もう何年も経ってるの」
何からなのか聞かなくても分かってる。
「あの、さっきの事を見ていてこのままだといけない。俺はそう思いました。仕事と好きな人どちらを取るのかと言うとですが、もし振られたら仕事し辛くなると思います。でももっと大事な事なんです。この先の事なんです」
「ありがとう大坂君。この先、私将来は自分のお店を開きたいの。だからそれまでに沢山のことを勉強しなきゃ」立花は話の焦点をぼやかせた。
「俺も一緒に
その
働いても良いですか」
「今の仕事はどうするの」
「修造さんはわかってくれると思います。俺の立花さんに対する気持ち。俺は立花さんを何よりも大切で愛しています」
「私は大坂君にそんな風に言ってもらえる様な人間じゃ無いの」
「どういう意味ですか」
「私は嘘つきだから近寄っちゃダメ」
「確か前にも同じことを言ってましたね」
大坂は立花が藤岡と駅前の喫茶店でお別れした時に泣きながら「私は嘘つきだからこうして1人で歩いてるの」と言っていたのを思い出した。
「嘘つきなんじゃ無くて本当の事を言ってなかっただけでしょう。あの超絶イケメンを愛してるから本当の事がいえないのなら、俺みたいになんとも思ってない奴には言えるでしょう」
その言葉を聞いて立花は堰を切ったように涙が止まらなくなり大坂の胸に縋り付くのと大坂が抱き止めるのが同時になった。
「私胸に傷があるの、でも藤岡君にはどうしても言えなかった」
「もう昔の事ですよ。俺に言ってくれてありがとう。もう大丈夫、自分を苦しめるのとさよならしよう。俺と一緒にもっと自分に優しくしよう。時間が色んな傷を消してくれる」
立花は大坂の胸の中で小さく「うん」と頷いた。
おわり
おまけ
風花
俺あと2年したら
製パン技術士二級の
資格試験受けるつもり
うん
そしたら俺と
うん、受かったらね
やっぱそうなる?
うん
私待ってるね
うん
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