パン職人の修造142 江川と修造シリーズ prevent a crisis 杉本
「買収ですわ、異物混入事件を起こした企業が回収の為に世間にその事を知らせなければならず、企業への不信感が生まれて株価が下がった所を買い占めて乗っ取るんですの」
「株主総会で解任議決がなされて経営者が解任させられるし従業員も生活の不安にさらされる」と大和田も言った。
それを聞いた小田達も「冗談じゃないよ!私達は誇りを持ってここで働いているんだよ、あんた達にしょうもない邪魔されてたまるかってんだよ」
「そうじゃんそうじゃん」
「観念しなよ!警察に突き出してやる」と言いながら4人を連れて行った。
藤岡は鴨似田に初めて向き合って「ありがとうございました」と頭を下げた「乗っ取ろうとした企業名を知っていますか」
「それは分かりませんの。おそらくさっきの者達も仲介の者の偽名と電話番号しかわからないと思いますわ。それに気をつけないとこれから先もいくらでもこのような事がありましてよ。いつまでも今のままで良いのかしら」
そう言っていつの間にか夫人の横にいた歩田と兵山に「帰りますよ」と言ってモデル歩きで去っていった。
「かっこいい」と大和田が呟いた。
実際、売れ筋のバターシュガースコッチブレッドは午後からできた分は出荷停止になり販売店や卸先に迷惑をかけたが大和田が機械の故障と連絡していた。
「若、会社が買収されることを考えたら安いものですよ」
「大和田さん、今日はお疲れ様でした。俺今日は考えさせられました」
「後のことはお任せ下さい」と機械類の徹底清掃の為に大勢の従業員が集まっている所に指示をする為に戻っていった。
藤岡は1人駅まで歩きながら鴨似田夫人が最後に言った言葉について色々考えた。
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夕方
由梨は杉本と風花と東南駅に戻ってきた。
「ほんとよくパスワードを覚えてたわよね、役に立てて良かったわ」と赤い顔をした風花が何度目かの心からの安堵を杉本に示した。
「かっこよかったでしょ」
「まあね、すごく心配だったから龍樹達が助かって良かったし、由梨ちゃんも安心したでしょ」
由梨はさっき藤岡から電話があって解決したと聞いてホッとしたが自分が不甲斐なく、何も力になれなかった事で落ち込んでもいた。
「それにしても藤岡さんが藤丸パンのご子息だったなんて驚きよね、タワマンに住んでても不思議じゃないか」風花が興奮冷めやらぬ感じで言った。
それは由梨も思っていた、動画配信やパンロンドのお給料では無理なのではないかと薄々考えてはいた。
「良いわね由梨ちゃん、イケメンでリッチよね藤岡さん」
「あっ何風花!俺の方がイケメンなのに」
「ちょっと!どこがよ?」
なんだかんだ言っても結局仲の良い2人は笑い合い、駅で由梨に挨拶して手を繋いで歩き出した。
「あのさあ風花」
「ん?」
「今日俺が心配で横浜に来たの?」
「うん、そう」
「あぶないから今度からしちゃだめだよ」
「だって」
風花は気が強いがこんな時いじらしくて可愛らしい。
「そこがキュンとする所」
杉本は風花の手をグッと握って聞いた「あのさあ風花、もし俺が結婚したいって言ったらその代わりに何をする感じになるの?」
「何をする感じって、、、?」
「あっ良いのいいの。また今度ね」
「もう、何よそれ」
「ははは」
夜の涼しい風に吹かれながら2人遠回りして帰った。
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仲の良い2人と別れた後、由梨は家路についた。
部屋で1人自分の思っていた藤岡とは違う姿の『若』と呼ばれる人は一体誰だったのか考える。
問題解決の為に走って行く所を思い出し、それに比べて自分が何も出来ないコンプレックスでいっぱいの存在な気がする。
今迄ガムシャラに着いてきたけれどそれは厚かましかったのか。
日光で見た人とは違うの?
それに、必死だったとは言え外れもしない針金を素手で叩いたり、藤岡を助ける為に前に出たもののすぐ後ろに押し戻されたりと思い出しても恥ずかしい。
由梨が物思いに耽っていると母親がドアをノックした「由梨、藤岡さんが見えたわよ」
「え」
由梨が部屋から出るとリビングに藤岡が立っていた。
「由梨、今日はなおざりにしてしまって悪かったね」
「私、今日は邪魔ばかりしてしまって」
「邪魔?まあ何故来たのかはさっき電話で杉本に聞いたよ」藤岡はいつもの笑顔で笑って言った。
「今日は俺が閉じ込められた扉の針金を外す為に凄い形相で鉄パイプを握ってたと聞いたけど」
「凄い形相、、、ひたすら恥ずかしいです」
「それに俺を庇った」と言って由梨の手を握った。
「由梨ありがとう、また俺を守ってくれたね」
ドアノブを叩いた時、手が傷だらけになって絆創膏が各指に巻かれている。
藤岡はそれを見ながら手を優しく包み直した「由梨、俺は今まで4代目になって責任を負うのが嫌で逃げ回っていたんだ。だけど今日は考えさせられたよ。やはり守らなくちゃいけないものはあるんだ、今のままではいられないんだと」
今のままではいられない、それを聞いて由梨は藤岡が遠くに行ってしまうのかとドキッとした。
もしそうならパンロンドの様にもう追いかけていくことは出来ない。
もし藤丸製パンに入るなら正社員への道はのりは遠いし、パートでお勤めすると次期社長に中々会うのは難しいだろう。
「だから由梨」
「はい」由梨は覚悟して聞いていた。
「この先はもっと助けて貰う事になるかもしれない」
「え」由梨はびっくりした「わ、私会社の事は何も分かりません」
「それは俺も同じだよ。これから何もかも新しい生活を2人でやっていかないかと思って」
「一緒に」
「そう、俺には由梨が必要なんだ」
いつか湖で同じ言葉を聞いたその時のままで藤岡は言った。
同じなんだわ、今日の藤岡さんもいつもの藤岡さんも「わかりました、事務でも何でも頑張ります。私でよければお手伝いさせて下さい」
リビングのドアの陰で聞き耳を立てていた由梨の両親は
「ん?あれってプロポーズじゃないのかな」
「そうよねぇ」と小声で言った。
おわり
これまでの経緯は
読んで頂いてありがとうございます。
このお話はフィクションです。登場人物や、工場など実在の人物、団体とは何ら関わりはありません。
次回大坂君の恋はどうなる。そして、、