【BOOK】『13階段』高野和明:著 人が人を裁くために必要なこと
人が人を裁く上で最も重いとされている「死刑」制度。
人が人の命を法に基づいて奪うということは、どういうことなのか、という俯瞰した立ち位置からの是非ではなく、当事者性を持って「死刑」という制度とどう向き合うのかを描いた超傑作。
「やられたらやり返す」ことが、本当に正しいのか。
確定死刑囚がもし冤罪だったら、誰が責任を取るのか。
死刑を執行する刑務官の、職務とはいえ人を殺したという罪悪感は、誰が担うべきなのか。
誰にも正解がない問題と向き合い、完璧なまでの構成力で紡がれた圧巻のストーリーと結末。
第47回(2001年度)江戸川乱歩賞受賞作品。
死刑制度の是非
日本には死刑制度がある。
世界を見渡してみると、国家別では死刑制度がない、あるいは死刑制度はあるが行わないと公言している国が過半数ある。
ただし人口別でみると、中国やインドなどの人口大国では死刑制度があり、世界の人口の過半数以上は死刑制度のある国で暮らしていることになる。
人類にとって、死刑自体が正しいのかどうかは、永遠に賛否が分かれるのだろう。
日本の死刑は絞首刑、いわゆる「首吊り」である。刑法11条1項で規定されている。
フランスでは昔は斬首刑、いわゆる「ギロチン」であった。
人間を死に至らしめるには「首」というのがいかに重要であるかを物語っている。
絞首刑の方法について、本作でも詳細に描かれている。
絞首台は死刑囚が首に縄をかけられた後、床板が割れて落ちていく構造になっている。
その床板が割れるスイッチは、見えない位置にいる3人の選ばれた刑務官によって同時に押される。
誰が押したのか、誰が押したスイッチによって死刑囚が落ちて死んだのかが、分からないようになっているのだ。
それは、刑務官も人間だからだ。
人が人を裁き、人の手によって人が死ぬ。
事故ではなく、意図的に死に至らしめるのだ。
そんな役割を、仕事とはいえ担う刑務官は、何を考え、何に縋ればよいのだろうか。
死刑執行によって死刑囚は死に、処分する刑務官は良心の呵責に苛まれるだろう。
死刑執行に判子をついた法務大臣、それまでに書類をチェックした関係役人たちは、心に蓋ができるのだろうか。
誰もハッピーになることがない死刑制度そのものの是非も問われていると感じる。
一方で、被害者の関係者、被害者家族の立場であればどうだろうか。
犯人には極刑としての死刑を求めるのは、ごく自然な感情ではないだろうか。
私は、1999年に起きた「山口県光市母子殺害事件」を思い出してしまった。
死刑制度を考える際に、大きく2つの考え方があるという。
応報刑思想は有名なハンムラビ法典の「眼には眼を、歯には歯を」という考え方。
やられた分はやり返してよい、という考え方は、当事者目線では自然と湧き上がってくる感情とかなり近い。
もちろん、自然な考え方だからといって、必ずしも正しいとは限らない。
だが、私は個人的な想いとして、目的刑思想には限界があると思う。
他人の話を聞こうとしない人間は、いくら説教をしても意味がない。
更生を目的とすること自体に無理があると感じている。
また、被害者家族にとっても、加害者が生きていること自体が、何らかの希望や癒しの役割を果たしているということであれば別だが(そうでないケースがほとんどだろう)、心からの謝罪の言葉を聞く以外には、その存在から解き放たれてもよいのではないだろうか。
日本の死刑制度の問題点
日本の死刑制度については、さまざまな問題点が指摘されており、未だ解決していないものが多い。
例えば、冤罪の問題がある。
日本の死刑制度における最大の問題である。
死刑判決が誤って下された場合、無実の人が死刑執行されることがある恐れがあり、その誤りは修正不可能である。
冤罪が発生することは、司法制度に対する信頼を揺るがす深刻な問題である。
また、非人道的な執行方法についても問題を指摘する声は多い。
日本の死刑執行は、秘密主義的で非人道的な方法で行われていると言われている。
死刑囚には執行の予告がなく、家族や弁護士にも通知されない。
死刑執行は突然行われ、絞首刑という残酷な方法で実施される。
この非人道的な執行方法は、死刑囚やその家族に精神的苦痛を与え、国際的にも人権侵害とされているという。
さらには、制度そのものの透明性や公平性においても欠けていると指摘されているようだ。
本作はまさにその問題点を詳細に描きながら、読む者に否応なく考えさせる。
結局、裁判官も人の子、死刑判決を出したいわけではない。
できるだけ出したくはない、というのが本音だろう。
裁判で審理を尽くしても、何が正しいのかは誰にも分からない。
それでも判決を出さなければならない立場で、死刑か無期懲役かを分けるのは、最後は被告に「改悛の情」があるかないか、だという。
被害者家族、加害者家族の描写は、圧倒的な現実を目の当たりにした三上純一が、まさに「改悛」する場面でもある。
「改悛の情」があれば、死刑にしなくてもよいのではないか、という考え方は、若き日の南郷正二にも葛藤があった。
刑務官時代、これから死刑を執行しようとしていた死刑囚の身分帳を確認していた時、被害者家族からの手紙を見つけた。
そこには「死刑を望まない」という旨が記されていた。
タイトル「13階段」が意味するもの
主要テーマである死刑制度と合わせて考えると、絞首台までに段数が13段かと考えてしまうが、そうではないと序盤で否定されている。
また、検察官が刑の執行にあたって作成する死刑執行起案書は、厳正な審査が必要で、5つの部署、13名の官僚の決裁を受けることになっており、死刑判決の言い渡しから執行までの手続きも、13あるのだ。
樹原亮が僅かに思い出した「階段」は、重要な手がかりだった。
結果的には重要な証拠が隠されていた場所になるが、その階段が13段だったかどうかは描かれていない。
ここは著者があえて13段だったと書かなかったのではないだろうか。
犯行現場や重要な証拠が隠された場所に13段の階段があってそれをタイトルとした場合、読者にはストレートに届くとは思う。
ただ、本作のテーマは犯行そのものではなく、やはり死刑制度やそれを含めた刑罰の重さ、服役している者の更生や社会復帰の難しさ、刑務所の存在と役割の矛盾などである。
死刑執行までの13の官僚と13の手続きを経ていく流れの中で、その問題点の全てが執行によって終結してしまうことの取り返しのつかなさは、現代を生きる我々にも重くのしかかってくる痛みだと、私は感じた。