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『となり町戦争』みえない脅威に人はどう立ち向かうのか


「みえない脅威」が世界を覆う状況は歴史でも重要な転機として度々訪れています。

有名なところで言えばペストであったりスペイン風であったり。ただ危機的状況の際にはその後の暮らしを変える発見や発明が、さらには数多くの学術的進歩がありました。今回の「みえない脅威」は私たちにどのような変化をもたらすのでしょうか。

この流れでおすすめの本を紹介する場合、普通ならジャレド・ダイヤモンド氏の『銃・病原菌・鉄』やカミュの『ペスト』、最近で言えばユヴァル・ノア・ハラリ氏の『ホモ・デウス』で書くのかなと思います。それぞれ古典あるいは今後古典になるであろう素晴らしい本です。

しかし、今回は違った意味での「みえない脅威」を疑似体験したいと思います。

このnoteで紹介するのは三崎亜記さんの『となり町戦争』です。

* * * * *

【あらすじ】ある日、突然となり町との戦争がはじまった。だが、銃声も聞こえず、目に見える流血もなく、人々は平穏な日常を送っていた。それでも、町の広報誌に発表される戦死者数の数は静かに増え続ける。そんな戦争に現実感を抱けずにいた「僕」に、町役場から一通の任命書が届いた……。(裏表紙より)

タイトルが全てを表しているとは思いますが、もう少しだけ付け加えると、主人公の住む町ととなり町が公共事業として戦争をはじめるという作品です。そして公共事業としての戦争を登場する人物それぞれの立場の目にはどう映るのか、なにを思うのかを描いています。

そもそもの「戦争」という事象も全ての時代で絶対悪であるわけではありません。戦国武将たちも領土拡大あるいは防衛のため戦いあっていたわけですし、歴史にタラレバはないですが過去の事実がひとつでも違っていたら私たちを取り巻く環境も全く異なっていたかもしれません。だからドラえもんの世界にはタイムパトロールが必要なのでしょう。

残念ながら現代でも明日戦争が起こらないと保証はできないわけです。世界のほとんどの国々は均衡と保とうとしています。池上さんの特番で軍隊を支える仕事の数々はひとつの大きな産業となっていてその仕事の数だけ生活をする人々がいるんだと聞いたときには複雑な気持ちになりました。

「戦争」に「となり町」が紐づくと現実味を帯びた複雑な気持ちが表れます。いま自分が住んでいる自治体が戦争をしたら…友達の住む町であるいは実家のある町で起こったら…

自分が危機的状況に陥っているという意味での現実味ではなく、自分と関わりのある場所でそれが起こったら…と想像できてしまうという意味での現実味が帯びてくるのです。

そしてその戦争は「公共事業」を掲げています。「は?」と思いませんか?私も思いましたよ。仮にも現実で起きたなら私は怒り狂うでしょう。

しかし自治体の総意として議会で決定されているだけあって合理性だけみれば効果的な手段の一つであると見事なまでに理論武装されています。作中に描かれる町民に向けた説明会ではとなり町との戦争が、様々な地域振興策の中で最も効果的なため採択されたこと、情報の開示はきちんと行われていることを説明した上で

「そうした状況を踏まえて、最終的にとなり町との戦争を決定したのは議会です。この戦争は、皆さんの代表である議会の承認を受けて進めている事業です」(p.108)

と結びます。今度から功利主義の具体例はこれにしようかなと思うほど、現実味のある流れですよね。どんな事業でも判断というのはどの立場で考えるかの話なので、議会としては町をよりよくしたい使命からメリットの最大化を優先するのが妥当な判断となるのでしょう。加えて倫理的なことまで考えだすと絶対解のないのが悩ましい。

歴史上の出来事で喩えるならキング牧師や南アフリカのマンデラ元大統領のようにその国や地域に目に見える問題が存在していたのをなくすための活動であれば実績となるけれども、血が流れないという意味で平和な社会においては目に見えない成果よりも目に見える成果を重視せざる終えなくなるのでしょう。

単行本から約2年後に文庫本化で追加された別章にも効果に焦点を当てた発言がなされています。

「戦争とは一面から見れば非生産的で住民にとって益する所など何も無いと感じるかもしれませんが、別の一面から見れば、市町村合併による行財政効率化の促進、地場中小企業の振興、住民の帰属意識の強化など、効果は様々です。あるシンクタンクの調査によれば、長いスパンで見れば、戦争事業の投資効果は2.5倍とか」(p.258)

効果に焦点をあてた意見としては合理的な話のはずです。しかし、なんなのでしょう。私の心にあるこのモヤモヤは…このまま合理性を重視して話が進んでいく正体のわからない怖さは…。

そして公共事業としての戦争がはじまるとまた別の種類のモヤモヤがでてきます。日常の延長に戦争があるはずなのになぜリアルに感じないのだろうかと。

多くの人にとって決して楽しいと思うストーリーではないかもしれません。それでもそうした内容の本を読むことで、今後現実世界で起こらないとは言えない状況を疑似体験することができるのが小説の良さです。あなたも『となり町戦争』を読んでこうしたことが現実に起こった場合自分ならどう考えるのか、自分はどういう行動をとるのか考えを巡らせてみてはいかがでしょうか。

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