大人は判ってくれる
デリバリーの仕事の途中に、ボスからメールが入る。
ジョブ インタビューが入ったので、30分遅く来てくれと。仕方ない、届けるケーキを持ったまま、その辺を一回り。
2022年2月のサンフランシスコは新規の感染者数は落ち着き、屋内でのマスクは飲食関係者以外は義務ではなくなった。少し息が吸えるなーと思いながらぶらぶらした。
近くに人で溢れている場所が目に入る。小さな学校のようだ。中からはラップミュージックが聞こえる。通り過ぎるフリをして、視線を向けると、中庭で音楽の発表会が行われていた。10歳くらいかな。ラップやポップソング、ダンスなんかを披露している。
これは良い時間潰しになるぞと、ショーを眺めることにした。
舞台の右奥には自分の番を待っている生徒たちが見える。どの子も楽しげだ。
自信ありげに靴紐を直す男子←多分ダンス
友達に髪のリボンを巻いてもらっている女子2人組←ダンスか歌
ノートに書いてあるものを読んでる子←もしかしたらポエトリーリーディング?
その一番奥で白い空手着を着た男の子が見えた。細い手足が目立つ。
冬なのに
裸足だ。
出番を待つ間、他の生徒に当たらないように、距離を取って小さく型の練習をしている。定まらない視線、何度もやり直しをする様に、緊張が遠目からでも伝わってきた。
一方、舞台となっている中庭では派手なスニーカーでヒップホップダンスをキメた男子が大いに観衆を沸かせ、続いてTikTok風のシンクロダンスをした二人組の女の子はお揃いのピンクのトレーナーも可愛くて、拍手喝采を得ていた。
さあ、いよいよ空手の男の子の登場だ。
今まで鳴っていた音楽がぴたりと止まり、盛り上がりを見せていた会場の空気が一気に締まった。
サイズの合ってない空手着は彼を余計に小さくみせる。
とぉ〜〜
うわずった声に彼が上がっているのが分かった。披露される型を大人たちは見守っていたが、慣れ親しんでるものとは距離のあるこのパフォーマンスに子供たちの集中は早々と溶けていく。
型を一度止め、溜めを作って次の型に行くその時に、気の早い拍手が起こった。これで終わりではないことに気づいたのは私だけではないと思ったが、拍手の連鎖は止まらない。戸惑う彼をテンポのいい拍手が、会場から押し出してしまう。
2人の友人がハイタッチを求めて駆け寄る。消極的に応じた彼は友達と一緒に表に出ていった。落胆した彼を見たくはなかったが、気になってそのまま視線で追う。角を曲がったところで、友人に向かって
とぉー
さっきよりずっと力強い声で。
とぉー
悔しかったんだね。
次々に繰り出されるキレの良い型、相当練習したのだと推測できる。
こんな時、大人になって本当に良かったと思う。目に見える華やかなものや、すぐに手に入る面白さにはない、注いだ力の跡を見通せる力。これは経験でしか得られない。
大人は努力に泣くね。
目の奥が熱くなってきたので、背後から彼らに一礼し、仕事に戻る。
頑張ろう、って自分に言いながら。
『表には見えないもの』からタイトル変更しました。