高校の同級生二人と私、
三人の TOKYO大人の時間。
お盆も過ぎたというのに残暑厳しく、極力屋外は歩かず、美術館での大人の時間を楽しもうという計画。
竹橋駅のすぐ近く、東京国立近代美術館でガウディとサグラダ・ファミリア展を観て、館内の L'art et Mikuni でランチ、それから4階に移動して、所蔵作品展MOMATコレクションを観るという一日。
午前10時50分 東京国立近代美術館エントランス集合
日時予約制が導入されたので、激混みというほどではないけれど、それでもかなりの観客。
スムーズに入場。
ガウディとサグラダ・ファミリア贖罪教会のことを知ったのは40年くらい前、NHKの番組と芸術新潮で、だったと思う。
友人の工学部卒チェンバリスト氏がその偉大さ、凄さを熱く語り「完成には300年かかる」と聞き、その頃の私にはその年月の長さがどれほどで、実現可能なのかさえ想像できなかった。
永久に思えるほどの長い時間建設が続くその異形なる建物を、日本の景色、空とは違うであろうバルセロナの地でいつの日か鑑賞してみたいと思った。
その願いは未だ叶っていない。
数多くの祈りの空間を訪れてきた。
訪れた地で、宗教や神、祈る人々、祈りの形や祈りの場所について様々な感慨を抱き、祈るということの輪郭が自分なりに少しだけ描けた。
十数年前にミラノを訪れた。
夕闇の中、ミラノ中心部のドゥオーモ広場に Duomo di Milanoが荘厳に浮かび上がったとき、心が震え、畏怖の念を抱いた。
完成までの500年という歳月の形を目の当たりにしたとき、不思議なことにサグラダ・ファミリアを思った。
完成までの300年といわれる歳月の持つ意味を理解できたのかもしれない。
ガウディとサグラダ・ファミリア展を観ながら、そんな過去の旅のことを思い出した。
ガウディとサグラダ・ファミリアについて、数多くの展示物や映像で、丁寧にわかりやすく知ることができた展覧会だった。
各展示室の壁に記されたガウディのことばも、展覧会をより深く理解させてくれる。
NHKが撮影した高精細映像やドローン映像を駆使したサグラダ・ファミリア聖堂4K映像をスクリーンで観ることができた。
聖堂内部に誘われ、内部の装飾にステンドグラスから射し込む光が当たり、映ろう。
太古の森のような、未知なる洞にいるような錯覚に包まれる。
ガウディの創造世界は、西欧建築様式やイスラム建築様式など異文化を研究し、自然の摂理や理論に基づいた結果の建築なのだ。
40年前。
どうして異形なる物だと感じたのだろうか。
それらは宇宙そのものだった。
聖堂は祈りの場所だ。
包まれる場所だ。
「とてもよかった。ガウディのことばは哲学で真理だね」と同じ感性を持つ友人たちと語り、ランチにむかう。
道路に面したエントランスには太い幹のうねるオリーブの木、テラスにもオリーブの木。
館内からエレベーターで移動できるので、快適に館内から移動。
Menu di Piccolo
前菜
スズキのカルパッチョ、柚子風味
サラダ添え
パスタ
シラスと大葉のスパゲッティ
国産牛ラグーのフェットチーネ
メイン料理
鳥取産 大山鶏のロースト、
バルサミコソース
真鯛のロースト、
白味噌風味のマリニエールソース
デザート
ピスタチオのムースと夏蜜柑シャーベット
カフェと小菓子
「大きな窓からお堀の緑を眺めながらの丁寧で素晴らしい調和した味付けの料理をいただけて、ああ素敵な時間だったわ」
再度館内エレベーターで4階まで上る。
こちらはまだ鑑賞客もまばら、ゆったりと所蔵作品を鑑賞できた。
「この絵、美術の教科書でみたよね」
「こうして実際に作品をみると、モデルの才媛ぶりがエネルギッシュに伝わってくるよね」
「この作品は近美の所蔵だったのね。岡本太郎展同様インパクトが半端ない。爆発する憤怒!」
今回絵画鑑賞の面白さを感じさせられた一枚。
遠くから作品を観たとき、まずこの緑のグラデーションの配置にハッとした。
青もみじだ。
新発売の高価なコニカのカメラを抱いて覗き込む舞妓。
髪型や簪でまだ若い舞妓であることが見て取れる。
元号が大正から昭和に変わった新時代の希望と不安が、少女と青もみじで表現されているのだろうか。
新時代をしかと記録しようという画家の決意も伝わる作品にも感じられた。
あっという間に午後4時になっていた。
友人たちも私も、秋の再会を約束して、帰路に着いた。
翌19日、NHKスペシャル「サグラダ・ファミリア2023〜ガウディ 100年の謎に迫る〜」を観た。
番組の後半、ガウディからの贈り物だとしか思えない奇跡の発見で、ガウディが晩年研究に没頭していた色のグラデーションのサンプルが見つかる。
外尾氏によりイエスの塔の内部の装飾が決まったシーンに特に感動。
技術の進歩のなんと偉大な事か。
300年かかると言われた未完の塔は、2026年ガウディ没後100年に完成予定という。