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百年前のソーセージ 習志野ソーセージ


「百年」


私が思い浮かべるのは大きな古時計の歌詞。

おおきなのっぽの古時計
おじいさんの時計
百年 いつも動いていた
ご自慢の時計さ

おじいさんの 生まれた朝に
買ってきた時計さ
いまは もう動かない その時計

この歌を初めて聴いたとき、幼かった私は、おじいさんはなんて長生きだったのだろうと思いながら、だけど百年という時間がどれほどの長さなのかは想像できないで口ずさんだものだ。

最近よく目にするのが人生百年時代という言葉。
かつてない長寿の時代に突入して多くの人が百歳まで生きることが普通になった時代の言葉。

さて。
百年前のソーセージという言葉を聞いたのは、2013年だったと思う。

新聞の千葉県版で百年前のソーセージを復刻製造し、期間限定販売しているという記事を読み、百年前という言葉にわくわくときめき、京成電車に乗って小一時間かけてわざわざ買いに行ったのだった。

デリカテッセン DANKE(現代は移転)の店主の方たちにより復刻レシピが作られ製造されたのです
ならしの・ソーセージ(期間限定)など購入
ドイツビールと銀河高原ビールでみんなでホムパしたのでした


習志野ソーセージって?


千葉県千葉郡幕張町実籾(現・習志野市東習志野)には、1915年(大正4年)9月から1920年(大正9年)1月までの間、第一次世界大戦中に日本の捕虜となったドイツ兵約1000人が収容されていた「習志野捕虜収容所」がありました。大正7年、高栄養価食品としてソーセージに注目していた当時の農商務省は、ドイツ国内でソーセージ職人だったカール・ヤーン氏ら5人が、実際に収容所内でソーセージを製造している事を知り、千葉市に新設された農商務省畜産試験場の飯田吉英(ヨシフサ)技師を収容所に派遣し、カール・ヤーン氏達からソーセージ製造の秘伝を公開してもらいました。
このソーセージ製造技術が、農商務省が開催した講習会を通じ、日本全国の食肉加工業者たちに伝わっていく事になったのです。この事から、習志野市は「日本のソーセージ製法 伝承の地」といわれるようになりました。

習志野商工会議所HP 習志野ソーセージの歴史より引用


習志野俘虜ふりょ収容所については単語をクリックしてください)


そしてその後、より多くの人々に食べてもらえるようにと、習志野商工会議所により地域団体商標登録し、有力な地域ブランド(ご当地グルメ)として育て上げるために、日東ベスト株式会社と契約の上製造を委託し、販売されるようになる。
そして嬉しいことに@frozen(新浦安店) でも販売されるようになり、わざわざ習志野市や船橋市まで買いに行かずとも買えるようになり、私としては嬉しい限り!

@frozenで購入できます
(新浦安店以外で販売しているかどうかは確認していません)
(撮影・画像添付は許可をいただいています)



「今日は百年前のソーセージよ」と、ちょっと贅沢気分になりたいときの我が家のスペシャルソーセージ!

少年少女孫たちも大好き。

塩分は濃い目
発色剤・リン酸塩・保存料は不使用
豚腸使用
原材料~豚肉(アメリカ)、豚脂、食塩、砂糖、香辛料
当時のレシピを現代風に食べやすくアレンジして製造されたソーセージです
冷凍で販売されています


百年前のソーセージ@うち


基本の調理法
1.沸騰したたっぷりのお湯に凍ったままの「習志野ソーセージ」を入れ、微沸騰(約90℃)で約9分間温める
2.ボイル後、フライパンなどでじっくりと表面を焼く

商品パッケージ記載文より引用


まずはシンプルにいただきます。

ゆでた習志野ソーセージを豚脂ラードでソテー
キャラウェイシード少々もソテー
付け合わせの野菜と黒舞茸を彩りよく盛り付けて
仕上げに白胡椒を挽きます


マッシュポテト〜プレーンヨーグルトと塩麹で薄味に調味
黒舞茸とアーリーレッドのソテー
ザワークラウト〜キャベツの2%の塩
紅いザワークラウトは冷凍しているビーツピクルス液少々でザワークラウトを和えただけ
レンコンソテー
トッピングはサラダバーネット


トッピングに推しハーブ サラダバーネット!

ベランダ植木鉢栽培で一年中グリーンのサラダバーネット
料理にちょっと飾ると映えるハーブです
料理を選ばずたいがいの料理に寄り添ってくれます
しかもたくましく育つ!


焼いた皮がパリッパリ
みっちり肉肉しいソーセージ
いつ食べても "ほ~んと、おいしいよねぇ" と言葉がでます
付け合わせといっしょに食べるからそう濃い塩気には感じません


十月だもの!カリーヴルスト!@うち

 
ドイツビール・ヴァイツェンを買い、ベルリン名物のカリーヴルストを百年前のソーセージで!

オクトーバーフェストに行ったつもりで
カリーヴルスト&ドイツビール・ヴァイツェン@うち
18:27 いつの間にか日暮れが早くなりましたよね


ベルリンっ子のソウルフードと言われているのがカリーヴルストCurrywurstで、第二次世界大戦後にソーセージ屋台を開いていた女性がイギリス兵士から仕入れたケチャップ、ウスターソース、カレー粉を混ぜてソースを作りソーセージにかけて供したのがルーツという説を私は信じている。
屋台料理で、あくまでもフィンガーフードだから、焼いた後のソーセージは食べやすく必ずひと口大に切るというスタイルは守りたい。

平松洋子さんの著書の中の一文が面白い。

 高架線の下、大通りに囲まれて車の波を眺めながら、赤と黄まみれのソーセージをフォークで突き刺して頬張っていると、しみじみとした庶民感覚が押し寄せて来てじわ~んとする。ん?このシブい雰囲気を、私は知っている。しかも日本で・・・・・。
 ああっと声を上げそうになった。それは、立ち食いそば屋だった。

平松洋子「カリーヴルストをベルリンで」より引用


フライドポテトは低温でじっくり揚げてお塩もほんの少しだけ振ります
盛り付けてからヨーグルトマヨネーズをかけます
ソーセージもソースも熱々を供します
ソーセージに合わせてソースも味は濃くしていません
そこにカレー粉をかけて、フォークで食べる!
で、グビグビビール!
最高や~ん!と二人で笑顔


ジャンバラヤ


炊飯器で炊いたジャンバラヤにボイルして焼いたソーセージをトッピング
ピメントン(スモークパプリカ)をぱらりとかけます
パプリカと万願寺唐辛子グリルも添えます
ハラペーニョ酢漬けもね


(スパイシーで絶品!いつも作るのがこのジャンバラヤ⤵)


モスクワ風ボルシチ


ビーツのピクルスを作ったときにはモスクワ風ボルシチ
忙しいモスクワの人々が短い煮込み時間で調理できるボルシチ
ベーコンやソーセージを入れて旨みを出すレシピ



百年前のソーセージをごろんと加えて
サワークリームを添えます
パンといっしょにいただきます


食べるときにナイフで切り分けていただきました
ソーセージって便利で重宝で、肉食文化圏の偉大なる産物だよねと感心
(荻野恭子さんのレシピで作りました)



JK少女孫娘がまだ五歳だったとき
初めて百年前のソーセージを食べたときの感想

「おいしいよ。これ すき」

「ねぇ、百年前に、ドイツっていう国のひとが教えてくれたソーセージ、どんな感じ?」

「う~~ん し~~んとして、やさしいかんじ」

そのコメントが懐かしい秋深まるころ。


食べ物にも歴史がある。
人間が、侵略し、支配され、移住し、旅に訪れ、行き交い、人々が交わり、
作物や食べ物がその地に伝わり、 の地に根付き、人々はその恩恵を受ける。あるいはその地に根付いていたものを手放すこともあるだろう。

百年前のソーセージは様々な歴史を広げて見せてくれた。


(モスクワ風ボルシチのレシピです⤵)


(note文中のレシピです⤵)


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