人生最大の汚点
「ねえ、最後もう一回だけギュッてしていい?」
そう言いながら後ろから抱きしめてくるのは、たった昨日出会ったばかりの男だ。
数週間前に友達から合コンに誘われ、
昨夜そこで初めて彼と出会い、
二次会の後にキスをされ、
たった今、ベッドの上で抱きしめられている。
「本当に落ち着く。ずっとこうしてたい」と彼の吐息を首筋に感じながら、私は身震いしながら時計に目をやる。
「はい!もう帰る時間だよ!」と身体を起こしながら冗談交じりに言うが、内心は「ガチで早く帰ってくれよ」と思っているのだ。
そもそも、昨夜私の家に入れてしまったことが最大のミスである。
昨夜の合コンは3対3で、女子は私含めて(え)、みんな可愛かった。
男性側は、話し上手な細マッチョ、
チャラそうな顔面最強男、
そして身長以外の取り柄が何もない男、といった顔ぶれだった。
かっこいい二人の中に、ちょっと場違いな男が一人。
その彼は、顔が陸上の桐生選手に似ていることから、合コン中も「桐生」と呼ばれていじられていた。
そんな桐生と、一次会の段階からやけに目が合うのだ。
おぼろ豆腐を一口食べて見上げると、こっちを見ている。
地鶏の柚子胡椒焼きを一口食べて見上げると、こっちを見ている。
生麩の味噌田楽を一口食べて見上げると、こっちを見ている。
目が合うというか、「見られているのを感じて私も彼の方を見て、必然と目を合わせることになってしまった」と言った方が正解かもしれない。
でも、ルックスはさておき、三人の中で一番性格と話し方がまともだと思い、一次会の段階では彼の印象はとても良かった。
二次会に向かう途中、桐生と私がみんなの先頭を歩く形になった。
笑いながら、「さっき私のことめっちゃ見てたよね?(笑)」と聞くと、「うん、見てた。すごい目が合うと思ってたんだよね。あの三人の中で、一番好きだと思った。」と直球どストレートな回答をしてきた。
OH…(笑)むず痒い(笑)
ちょっと嬉しいという気持ちと、いやいやなんだかチャラいぞという思いと、めちゃくちゃ気持ち悪いという感情が混合している間に、二次会のお店に着いた。女の子が一人帰宅してしまったので、女二人に対して男三人になった。
二次会はさらにお酒を飲み、下ネタも混じって大いに盛り上がった。
楽しかったが、桐生がグイグイと下ネタを振ってくる。しかも、世間的にどうこうではなく、私が個人的に好きな体位は何だとか、そういう踏み込んだ話まで求めてきた。場を盛り下げたくない一心で話したが、ちょっと嫌な気分になってしまったのは事実だ。
お店を出る頃には終電をとっくに過ぎていた。
すると、友達が「私、今からこの子と二人で飲みに行くから!」と一番のイケメンの腕を掴んだ。そして「この子好きにしていいからね!全然どこにでも連れて行っちゃって!任せた!」と私のことを指差しながら桐生に言った。
一番のイケメンを捕まえ、私を餌食にした友達、本当に最低すぎるwwwww
ペアになりそびれた男の子が一人でタクシーを捕まえに大通りに出て、友達とイケメンもつづいてタクシーに乗り込む中、私は桐生に「ごめん、帰るわ」と伝えた。
すると「いや、あんなに下ネタ話しておいて帰らせる訳にいかないでしょ。今から道玄坂行くよ」と言い、強引にキスをして、私の手を掴んで歩き始めた。
「いや、無理!まじで行かないから!本気で行きたくない!せめてシーシャにしない?!シーシャなら行ってもいいけどホテルはまじで行かないから!」と私は何回も彼に伝えて必死に抵抗した。
結局、道玄坂の途中にあるシーシャのお店に行き着いた。
セーフ。
そこは朝5時過ぎまでやっていたため、始発までそこで過ごして、速攻で帰宅しようと決めていた。
シーシャを吸いながら、チルな時間が過ぎて行った。
私がまじでホテルに行きたくないと抵抗したからか、桐生は下ネタやそういった部類の話を全くしてこなかった。代わりに、起業した事業について、家族や友達について、好きな音楽のジャンルや食べ物について、始発までの約3時間話し込んだ。
さっきまで「キモい無理」と思っていたはずなのに、いつの間にか「あ、まあまあいいかも」と思い始めていた。
…自分、チョロすぎ(笑)
始発の時間が近づくと案の定桐生は私の家に来たいと言い出し、最初は抵抗したが、結局私の家まで来ることになった。
本当にここが最大のミスだった。
家にあいつを入れてしまったことが生涯悔やまれる。
それからの出来事は、察して欲しい…と書きたいところだが、ここが最大の気持ち悪いポイントでもあるから割愛するにはもったいない。
まず、私の最寄駅から家まで歩いている間、突然ポエマーかのようなことを言い出す彼。「あーーこういう朝いいね。聞こえる?鳥が鳴いてるね。隣りには好きな子がいて、こんな気持ちいい朝に鳥が鳴いてて、これ以上幸せなことはないね。風も気持ちいいし、こういうのってなんか本当にいいね。」と。
そしてセックス中はもっと気持ち悪かった。
「あぁ、声が出ちゃう…声出さないようにするね…」とまるで女の子のような女々しい声を出して口を両手で抑えながら、目を瞑って行為に挑んでいる。しかも、皮脂で額がテカテカになり、もう私は目の前にいる物体が何なのか分からなくなり、途中でギブアップ。
本っっっ気で無理。
なぜこんな脂ギッシュな女々しい男性と行為に及んでしまったのか、本当に自分でも未だに理解できない。
もうタイトル通り、人生最大の汚点である。
彼がシャワーを浴びに洗面所へ向かうと、私は自分用にスムージーを作り始めた。桐生に早く帰って欲しいということだけ考えながら、小松菜、りんご、冷凍しておいたバナナをざっくり切ってミキサーに放り込み、豆乳とプロテインを加えて高速で回す。
液体を見つめながら、内心ズーーーンとした気持ちでいっぱいだ。
キッチンに立ってスムージーを飲んでいると、シャワーから出てきた桐生が私の背後にピタリとくっつき、腰に手を回しながら「本当に昨日楽しかった、まだ一緒にいたい」と耳元で言った。
その手をすぐに払い除け、「まじで帰ってくれ」と目で訴えかけながら、彼をついに家から追い出すことに成功した。
普段なら、誰かが玄関を出た後すぐに鍵をかけると追い出されてる感じがして嫌かなと考えてしまうため、相手が完全にマンションを出た時間を予想してからガチャリと鍵を締める。
しかし、このときばかりは桐生が家を出た瞬間、大きな音をたてて扉を閉め、鍵も速攻でかけた。
そして、一気にベッドからシーツを剥がし、
洗濯機に放り込むのではなく、ゴミ袋に詰めた。
彼が使ったバスタオルも、シーツと共にゴミ袋行き。
もったいないのは分かっている。
だけど、きっとこれは洗っても、昨夜の後悔は流しきれないだろうと思った。
枕カバーはZARA HOMEで買ったばかりのお気に入りのものだったため、こればかりは捨てずに、これでもかというほどの洗剤と柔軟剤で洗った。
別に好きでも嫌いでもない感情のまま自分の家に呼んでしまい、行為に及んだ上で結局早く帰れなんて、自分勝手なのは分かっている。
しかし、生理的に無理なものはやっぱり無理だ。
別に自分がただセックスがしたくて彼を選んだ訳でもなく、たとえそれが“感情が一切ないただのセックス”だったとしても満足できなかったので、そもそもなぜ彼を家に呼んでしまったのか、未だに自分の中ですら整理できていない。
ただ、本当に人生最大の汚点だった、ということは言い切れる。
自分の気持ち、身体、そしてベッドシーツは大事にしていきたい。
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