のど飴を口移ししたい名古屋の男

2年前、前職の会社研修で名古屋へ行った。

私にとってこれが名古屋デビューだったこともあり、二泊三日の研修だけで終わらせるわけにはいかなかった。

せっかく来たからには、何かしらの思い出が必要である。

無事研修が終わり、同期全員で風来坊でお決まりの手羽先を食べたあと、特に仲が良かった女の子と2人で名古屋の街へと繰り出すことにした。

「とりあえず相席屋行ってみる?」と、当時社会人一年目の私たちは目を輝かせながら言った。

初めての名古屋で、初めての相席屋。

今思い返すと初々しさを感じつつも、「なんでよりによって名古屋で相席屋デビューしたの?!」と自分を責めたい気持ちがある。

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平日の夜の相席屋はそこまで賑わっておらず、最初の15分は私たち2人だけでいちごサワーを飲んでいた。

名古屋の男って大丈夫かな?
変な人来たらどうする?
あそこのテーブルの男女やばくない?

私たちは周りを見渡しながら、初めての空間に好奇心と少しの期待を膨らませていた。

するとそこへ「男性の相席よろしいでしょうか?」と女性店員がやってきて、私たち2人に対して男性が4人、向かい席に座った。

40代前半の男性が2人と、その先輩たちに連れてこられた後輩が2人。

絶対に恋愛対象にはならないことが一目で分かり、多少残念に思いながらも、安心して普通にその場を楽しむマインドに切り替えられた。

40分ほど経過したところで「名古屋といえば矢場とんだよね」という話題になった。
私たちが食べたことないと答えると、すかさず後輩のうち1人が近場の店舗を調べてくれ、相席屋から矢場とんへと移動することになった。

お世辞抜きで普通に楽しかった。
初めての相席屋デビューを果たし、美味しい名古屋名物も堪能できて、男女という関係にとらわれず、大好きな同期と一緒に、気を使わなくていい楽しい時間を過ごせた。

そして男性4人のうち、私は先輩のIさんと特に仲良くなった。

38歳既婚者、顔は下の上、左耳だけ小さいピアス、旅行代理店勤務、お酒が一切飲めないけどシラフで盛り上げ上手、といった特徴があった。

そんなIさんと矢場とんを頬張りながら話していると、お互い5/23に東京出張があるということが判明した。

当時の私は京都に住んでいて基本京都勤務だったが、2週間に一回のペースで東京出張があった。

そしてその出張日がたまたまIさんと被っていたのだ。

「じゃあ同じ新幹線の隣り合わせの席予約しようよー!先乗ってて、俺名古屋から乗るからさ」と誘われた。

しかし、私はいつも出張の度に東京にある実家に前泊していたため、それも伝えると「じゃあせっかくだから俺も22日から東京前乗りするから、新宿で美味しいもの食べよう!」と提案してきた。

こうして、その日初めて出会った私たちは東京までの約2時間半を一緒に過ごし、新宿でご飯を食べる約束まで交わした。

今思い返せば、自分、本当に頭がおかしい。
その日初めて出会った人といきなり一緒に新幹線に乗る約束をするなんて、今なら絶対に考えられない。
本当にどうかしている。

そんなこんなでいよいよ22日がやってきた。
無事新幹線内で合流し、前と変わらずのテンションで東京までの移動を楽しんだ。

新宿の叙々苑に着くと、お酒が飲めないIさんに合わせて私も黒ウーロン茶を2杯飲んだ。

仕事や家族の話を中心に、高級焼肉を堪能しながらたくさん話した。
7歳と9歳の子供が2人いることも発覚し、子供好きな私は子育てなどについても普通に質問していた。

ここで一応リマインドしたいのが、新幹線での移動も、叙々苑でも、Iさんも私もアルコールを一滴も摂取していないということだ。

顔も下の上の妻子持ちなのでもちろん私は恋を彷彿させる態度をとっていなければ、下ネタやいやらしい話も一切していない。

あくまでも社会人一年目と先輩としてのスタンスを保ちながら、“人生経験が私よりも多い大人から一つや二つ学べるかも”くらいのテンションで会っていたのだから。

しかし、彼はそう思っていなかったようだ。

叙々苑を出てエレベーターに乗り込み、ドアが閉まった瞬間、壁に押し付けられて強引にキスを迫られた。

一瞬何が起きてるのか分からず、とりあえず懸命に抵抗して顔の前で両手をバタバタさせて必死にキスを阻止しようとしながら「やめてください!」と大声で叫んだ。

しかし、Iさんは全く動じず、
私を壁に押し付けたままキスをしようと、7階から1階まで試み続けた。

酒の勢いも使っていない完全シラフな「下の上」が自分の顔の前まで迫ってきている状況は、正直めちゃくちゃキツい。

一階に到着するなり私がエレベーターを飛び出すと、「ごめんごめん(笑)」と追いかけてきた。

そして謝るのかなと思った矢先に、彼は衝撃的な言葉を放った。

「お願いだから、一回でいいから君とセックスがしたい。セックスさせてください、お願いします。」と、下の上は新宿東口の駅前で頭を下げてきた。

40歳手前の男性が20代の女の子に頭を下げて気持ち悪いお願いをしてきてるシチュエーションがおかしすぎて、「こりゃいいネタだ」と内心思いながらもちろんお断りした。

切り替えが早いIさんはそのまま笑って何もなかったかのように「じゃあ行こうか」と駅構内に入る階段を先に降りていった。

さっきまでエレベーターで迫ってきて、セックスを要求してきた男性とは思えない、見事な変容っぷりだった。

帰りはお互い方面が一緒だったため、仕方なく一緒にホームまで向かっていると、新宿の複雑な小田急線ホーム上に位置する、狭い階段がある通路のようなところに誘導された。

そこで、Iさんはさっきよりも衝撃的なお願いをしてきた。

「セックスできないのは分かった。せめて、最後これだけはしたい。俺が今から舐めるこののど飴をどうしても口移ししたい。これならいいでしょ?ちょっと待ってね。」と言い、スーツの胸ポケットからVC3000のど飴を取り出し、一つ口に含んだ。

さっきよりも意味の分からない注文と、おかしすぎる状況を理解しきれず、私は思わずその場で吹き出してしまった。

それでもIさんは唇の隙間から黄色い飴をチラつかせ、「ん、ん。」と言いながら「早く口をひらけよ」とでも言うかのように顎で合図してきた。

シュールな光景を目に焼き付けて、
「しないです。本気で子供が泣きますよ」とだけ伝えて階段を駆け下りて一人で急行に乗り込んだ。


こうして、
初めは楽しいと思っていた名古屋の相席屋での出会いは、
気持ち悪い展開ながらも最高なネタと化して東京で幕を閉じた。

それ以来、VC3000のど飴を見かけると嫌でも下の上のことを思い出してしまうため、それだけどうにかしたいものだ。

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