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短編小説 塹壕にて (1077字)


小高い山の真ん中を割る様に枯れた小川がある、そこから東西に100m程離れた所に両軍の苔むした霧に煙った塹壕がある。
終戦から何十年も経っているが、此処には未だ霊魂達が彷徨っている。
それぞれの魂が、体を失ったことを自覚せず戦っている。
  この分隊も長くないな、
  10名の分隊は残り6名になっていた。
  それがどうした。
  兵士が言った。
   もつと、おもしろい話は無いのかよ
  二人の話の腰を折る様に他の兵士が言った。
  俺たちは守備隊だが敵も守備隊だって知ってたか。
  ディフェンス同士で戦っているのか
  知らなかったな、どうりで攻撃して来ない分けだ。
  お互い攻撃は苦手か
  そんなことは無い、10名の分隊でもう4名も戦死している。
  運が悪いんだろう
  兵士が素っ気なく言った。
  その兵士を睨んで、
       そう言う言い方は失敬だろう。
  その時だ、睨んだ兵士の脇に敵の手榴弾が落ちて来た。
  爆発しない不発か。
  次の瞬間、睨んだ兵士は手榴弾に覆いかぶさり、自ら爆死した。
  機関銃の連続音が響き、乾いた単発の銃声が時折
  割って入った。敵の攻撃が始まった。
  最前戦を渡り歩いて来た無口な古参兵が、機関銃の引き金を足で引いて
  応戦撃ちまくった。敵に後ろ向きうつ伏せ、足で機関銃を撃っている。
  恐らく軍規違反だろう。
  しかし誰も口に出して
  卑怯者呼ばわりする者はいない。
  まず、生きなければならない、不格好なその姿に、笑うものもいない。
  此処は戦場、生きる事に必死なのだ。銃声も収まりかけたその時だ。
  一発の弾丸が、近くにいた兵士の鉄兜をかすめた。
  兵士の頭に衝撃が襲ったその直後弾丸が、足で機関銃を撃つ古参兵の肩
  に命中した。兵士がすぐさま古参兵を塹壕に引きずり落とし助けた。
  今日は運が悪い。古参兵が痛みを堪えて言い、笑った。

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
遺骨収集団の痩せ細った老人が、塹壕を前に跪き、ラジカセを脇に置いて
塹壕に転がっている遺骨を見て、両手を合わせお経を唱えている。
お経を唱え終えると、ラジカセをオンにした。
(下記のURLをクリックして広告をスキップして、歌 里の秋を聴いてください、終わりましたらまたこのノートに戻ってください。)

https://www.youtube.com/watch?v=h144mLquMFs

老人は、ラジカセをオフにして
「お迎えに来ましたよ」
と、霧中の魂に話しかけました。
やがて塹壕の煙った霧は、水滴になり、涙に変わりだしました。

                      終わり。





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運田兵鉄
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