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中学受験は、小6の1-2月時点の学力のごく一面を捉えて、入試というふるいにかけるもの。
それを目に見える数値で表したものが偏差値。
定員に対して志願者が多ければ偏差値が上がるので、学力だけでなく、学校に対する人気を表しているともいえます。
中学受験の科目は、首都圏では4科目が一般的なため、学力を計るモノサシが単一のものになりやすい。
得意な国語・社会だけで勝負しよう、とはならないわけです。
新タイプ入試(適性検査型、自己アピール型、グループワーク型など)も出てきてはいますが主流とまではいえません。
筆記試験の質が変わってきているなとは思います。
中受専門家によれば、特定の知識を知っているかどうかではなく、一定の知識があることを前提として、知識の運用や展開し応用する力を試す、いわゆる「思考力タイプ」の問題が増えたという。
記述問題も多く、解き方、プロセスも評価の対象になる。
専門家は、テストの偏差値に一喜一憂することなく、偏差値輪切りの受験観を見直し、偏差値信仰を捨て、「受験の本質」を見極める時だと言う。
学校が求める生徒像に合致することを入試を通じて示す、という考え方が重要だと。
う~ん。
言わんとすることは何となくわかるんですが、現実の入試制度や実態に照らすと、結局それは、受験に「どう対策するか」ということになってしまうのではないかと思います。
学校は、どうやって優秀な生徒を選抜するか、そのための「ふるい」にかけています。
その選抜の基準は、主観的であったり裁量の幅が広すぎたりすると機能しないので、ある程度客観的かつ明確である必要があります。
「多様な評価軸」というのは簡単ですが、何を基準にどう判断するのかはそれほど簡単ではない気がします。
「ふるい」の役割を果たす問題を作るのが簡単ではないと思います。
入試で正解がない問題を出したり、「作文と面接」で選抜したりする方法も考えられますが、合否の基準が今一つクリアじゃない…。
これを突き詰めていくと、幼少期から多種多彩な経験が出来るような家庭環境かどうかで左右される部分が大きくなっていくので、本人というよりも「家庭での育ち方」が評価される方向になっていくのではないかと思います。
「偏差値による輪切り」が悪いことのように言われますが、学校側が自ら偏差値を設定しているわけでもありません。
4科目による学力評価という一様の基準での選抜が主流な上に、特定の学校に人気が偏る傾向があるので、結果としてそうなるだけだと見ています。
偏差値は統計指標としては引き続き参考にせざるを得ないですし、実際には偏差値だけに頼って志望校選びや受験対策をしているわけでもないと思います。