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蝉、夏の終わりを愛おしむ。(ショートストーリー)

 (845文字)
 多分私は逃げ足が速い。
 ぼんやりと窓の外を眺めた。
 それにしては、ズブズブのアルコール依存、摂食障害、睡眠薬依存と、文字通り死にかけるまで役者という世界を徘徊した訳だが。
 LGBTQに纏わるエッセイを読んでいた。

 当事者、という隔てをするならばそれはもっと身近かもしれません、問。

 あたしは女なんだろうか?

 元々アイデンティティが希薄だった。
 圧倒的な疎外感のなかで命綱を見つけてくれた人達は男という顔も女という顔もしていない。

 恋をする気持ちは、いつも甘い絶望という薬物だった。
 
 テーブルの下で太腿を撫ぜられた時。
 若かりし日に男役で人気を博した人気女優の、引力のある眼差しを思い出す。
 別に嬉しくも嫌でも無かった。

 化粧前で衣装の胸元に手を突っ込んできた男性演出家の時と大差無かった。
 
 結婚したのは男性だったし、惚れたのだし大変なことは無かった。
 思いのほか性欲がないところが似ていた。
 性欲もドラッグみたいなものだった。

 依存を断ち切る闘いの末に勝ち取った穏やかな朝日の中に残ったのは
 ほくほくするくちづけだけ。

 頑張りやの漢。
 弱音を吐けず、恐らく今なら何らかの障害があると算出されそうな結婚相手は、自分よりもずっと当たり前の家庭で育った。

 その揺るぎなさの反面、普通から滑り堕ちたことを必死に隠して来た彼は、弱者救済のニュースにいつも腹を立てる。
 みんな苦しいんだ、と。
 
 あなたは、多分その『みんな』の振りをするのに疲れていて
 救済されたかった自分を哀しんでいる。
 哀しんでいる自分を見つけられないでいる。

 ねえ、夏が過ぎるね。
 私たちは『普通縛り』から上手くすり抜けた。
 他に誰も要らない要塞がどれだけ大切か知っていて、全力で慈しんでいる。

 そして問を傍観している。
 
 でも、すり抜けられなかったら?

 辛くも暮らしを守るだけの知性がここまでは護ってくれた。
 それだって、平等じゃない。

 答。ホモ・サピエンスとして、世界一あなたを愛してる。堪らなく。






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