時の崖(1971)
時の崖(1971、安部公房スタジオ、26分)
⚫︎原作・脚本・監督:安部公房
⚫︎出演:井川比佐志、条文子
もしもボクシングが無観客試合だったとしたらそれはボクシングとして成立するだろうか。
僕は成立すると思う。
ただしリングがなかったら、たとえ観客がいてレフェリーがいて正式なルールに則っていてもボクシングとは言えないのではないかと思う。
結界のように張られたロープの内側がボクサーたちの聖域となり、ただの殴り合いとの明確な線引きになるのだ。
この短編映画は井川比佐志演ずるボクサーの一人語りを映したもので、常にボクサーというのは対戦相手ではなく自分との内省的な戦いなのだということを示している。
誰かに話しかけているような口ぶりだが誰も答えてはくれない。そもそも誰もいないのかもしれない。
ただただ繰り返される独り言と時折映される、抑圧された情欲のフラッシュバックのような映像。
まるでそれはそう、すなわち「繰り返される自問自答。よみがえる性的衝動」(Ⓒ向井秀徳)状態である。
リングの中に入ると、当然喋る暇などなく頭の中のモノローグが浮遊する。
言葉と映像の乖離が起こる。
殴るたび、殴られるたび、精神と肉体が分離していく。
ゴングによって分割される3分間の生。
崖の下までの10秒間。
分離された「意識」は引き延ばされていく。
小説を本当にそのまま映像化したという感じで面白かった。シネヌーヴォにて。