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敵(2023)

敵(2023、「敵」製作委員会、108分)
●原作:筒井康隆
●脚本・監督:吉田大八
●出演:長塚京三、瀧内公美、河合優実、黒沢あすか、松尾諭、松尾貴史

筒井康隆『』の映像化ということで、原作の雰囲気は忠実に再現されていた。

ただ、ラストは何で?という気持ち。なんであそこで終わらなかったんですか?と監督に質問したい。

かつてスタンリー・キューブリックが『時計じかけのオレンジ』を映画化する際に原作小説の最終章をカットしてしまったという逸話があるが、最終章を付け足すのは蛇足じゃないの?という気がする。

そこだけが本当にもったいなかったけど、でもやっぱり静と動のバランスや抑制された演出、パキっとした陰影の効いたモノクロ撮影など、映画の出来自体はかなり良い。

ストーリーについては筒井康隆が考えたものだからもうそういうものだと受け入れるしかない。

主人公儀助(長塚京三)の自意識によって作られた空想上の第三者(第三者の皮を被った自己)と虚構的な対話(≒自問自答)をする場面はまさに筒井ワールドといったところ。

夢や幻覚のシーンが繰り返された流れのあとで、儀助が歩いてくる道の電柱に「↑よしだメンタルクリニック」という看板があった。

精神的な病に侵された向こう側から儀助が戻ってきたことを暗示する場面で、映像的でおもしろかった。

痔の検査をする場面が妄想も含めて2回登場するが、ここをフォーカスしたというのは夏目漱石『明暗』への目配せ?

フランス文学はそれこそ『星の王子さま』と『異邦人』くらいしか読んだことがなかったので、その辺のエッセンスはあまり拾えなかった。犬の名前がバルザックだった。

敵というのが何なのかは明言されていない。

母親のお腹の中にいたころに空襲を受けていたという話があり、歳をとると赤ちゃんに戻るとも言われているがそのことを踏まえると、ラストの襲撃の場面は赤ん坊の頃の追体験をしているとも取れる。

どうしても筒井作品で大学教授というと唯野教授のような饒舌家をイメージしてしまうので長塚京三は長身でスタイルもいいし紳士的すぎるかな?と思ったけど、この人の放つオーラがまた自分のイメージとは別の儀助像を作り出していったのでやはりすごいなと思った。

コートも脱がずに本棚で『失われた時を求めて』を探すシーンは思わず笑った。

想像上の発言とはいえ「ハラスメント」という無意識があるのはとても現代的な価値観であって、不謹慎万歳みたいなところのある筒井作品にしてはやや違和感があったけど、この長塚京三の儀助ならそこまで思慮や内省がはたらくのも納得できる。

女優陣は皆イメージぴったりという感じで、こちらの方はより吉田大八監督の演出に力が入ってるのを感じた。

鷹司靖子(瀧内公美)の初登場シーンは原節子に表情や雰囲気が似ていた。悩ましい顔で「お父様」と呼ぶような原節子の醸し出す妖艶さをその白いブラウスでもって倍増させたようないで立ちで現れる。

菅井歩美(河合優実)もかなりイメージにぴったり。原作にはない展開だけど、あのセリフは儀助自身ちょっと自分を卑下しすぎじゃないかな?と思った。

果たして儀助はいつから狂って(ボケて)いたのか?というのが原作も含めてこの作品の謎。

物語の最初から狂っていたのか、徐々に狂っていったのか、ある時期を境に狂い始めたのか、狂ったり正常に戻ったりを繰り返していたのか?

結局よくわからないけど、「そういった可能性がある」という微かなヒントだけ与えて全てを説明してくれない、観客に想像の余地をのこしてくれるあたりは逆に作り手の優しさと受け手への信頼を感じて嬉しい気持ちになった。

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