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『源氏供養~草子地宇治十帖』 森谷明子 感想

『千年の黙』『白の祝宴』『望月のあと』に続く、シリーズの最新刊にして完結編です
こちらのシリーズ作品を読むのは久しぶりでしたが、香子(紫式部)の万事控え目で悩みが多く、しかし周りの人への細やかな気遣いをし、己の書くものに情熱を密やかに燃やす姿が変わらずとても好ましいし、紫式部として想像する人柄にすごく馴染む造形が相変わらず好みでした
1019年頃の、すでに出家をし宇治の庵で暮らす彼女が“宇治十帖”を書き上げるまでの話と、香子の元女房で太宰府の帥(長官)となった藤原隆家の家人の妻となっている阿手木から見た“刀伊の入寇”への防衛戦の物語
『小右記』に実際に記載されている文と宮中での出来事を合わせて語る藤原実資の幕間
源氏物語の本編と宇治への合間の章である“匂宮” “竹河” “橋姫” の別人執筆説への本書ならではの異説の提示
宇治の作中の大君と中君の姉妹が別の道をたどる物語や異母妹の浮舟の登場まで、香子が得た執筆の元となる事件なども、要素が実に多岐にわたり、そんな情報量の多さを端正に語って紡いでくれる巧みさに惚れ惚れします

すでに『源氏物語』の作者として高名な名声を得ている香子だけど、物語が人に与える影響に幾度も悩み、それと同時に所詮は絵空事の読物などとるに足らない物である視点も示されるし、またこの時代の末法思想では、人の心を捉えて惑わす物語を書くことは罪深い行為であるとする価値観とも接することになる
でも、物語の持つ力を、それを愛してやまない心を、何よりも“書きたい”っていう意志を抱いて綴るその姿がたまらなく素晴らしい
既出のこれまでの三作品を読んでいると嬉しい人物の再登場もあるし、何より源氏物語好きにはたまらない読み解きが平安時代の推理ものとして昇華されてる、大好きなシリーズです
その一方、源氏物語そのものと既刊三冊を読んでないと分かりにくいことは多々ある話なので、人にオススメするのはハードルが高い作品であることは確かです
そしてガチのミステリマニアにしてみたらミステリ要素は弱めなところは頂けないと思われる
でも『源氏物語』のファンからすると、こういうのが読みたかったんだよ! 紫式部のキャラクタってこうだよなあ! 分かるよ! っていう感情論が凄く叶えられている作品シリーズなんですね、だから大好きなんです

細かい話ですが、香子の娘の賢子がその名の通りの賢さと(おそらく実父似の)朗らかで仕事のできる宮廷人ぶりで微笑ましいし、シリーズを通じて時折ちょっとずつ登場する清少納言の消息も面白いです
香子と絶対に気が合わん感じがひしひしと伝わります
 その度にニヤニヤしてまう そういうのがいい

そして(何がとは言いませんが…)紫式部とその周辺の人物やその年代記を描いた作品で、どうにも気に入らんかったり納得出来なかったりしていた中で、この作品を読んだらやっぱり刺さってしまった
こういうのが読みたかったんだよ~って
オロロ( ;∀;)ってなってしまった作品でした

なお『源氏供養』という題目は、物語を書き多くの人の心を捕らえたことが、当時の仏教の思想の中では極めて罪深いことで、紫式部本人もそれを悔いたり、後世の人の創作の元になっている事柄を指すそうです
物語が罪深いとは、さすがに分からん思想だな! と末法の世において思いますが、能の題材になったり『源氏物語』の読み解きをするめっぽう面白い随筆のタイトルになったりもしており、そんなご紹介もいずれしたいなあと思っているのでした

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