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『法治の獣』 春暮康一 感想

初読みの作家さんでしたが、なかなかのハードSFぶりにときめきつつ、わりと情緒も攻めてくる物語におののきながら読みました
三編の中短編集なのですが、いま「鬱展開の小説で何かいいものある?」って聞かれたら(誰に)
この小説を上げます そのくらい打ちのめされる辛い展開のある話でした そういうのがいい


『主観者』

いわゆる地球外生命体とのファーストコンタクトもので、地球からの探索者チームとコンタクトを受ける側の視点が交互に語られる、構造としてはシンプルで直球のハード宇宙SF…なのですが終盤で起きてしまった出来事の衝撃が大きすぎたし怖かった
個人的にホラーSFとして読めてしまったくらい
地球側の宇宙活動における、生体ホルモンを自律的に管理できたり、クルー同士で精神感応による会議が行えたりする事実が、取り返しのつかない事態の描写に一役かってしまってるところの周到さに唸る一編です

『法治の獣』

地球からの移住者が既に宇宙各地に旅立っている時代で、実験的な法治社会における事件を取り扱う話
高度な法治社会(らしきもの)を形成している神秘的な動物の行動原理をモニタリングした上で、人間社会の法規に翻訳して委ねるという特殊な宇宙移民都市の話で、人間より高次の存在に見える獣に法律を委ねているという設定は、小野不由美さんの『十二国記』シリーズなどを連想したのですが、当然ながらまったく違う印象でした
惑星の外縁に旋回する輪状のコロニー社会の描写や、独自の法整備による社会における市民の傾向や、起きる事件に対する反応など、どれも説得力があり骨太な読み応えでそしてめちゃくちゃ怖い
起きてしまった怖いことから、更に二転三転する展開の面白さも凄いし、最後は晴れやかな雰囲気で収束するけど、途中の怖さにやや引きずられて読んでしまいました

『方舟は荒野をわたる』

宇宙船内の緊迫感のある論争からはじまる話ですが、『主観者』で起きた悲劇から約百年後の、地球外生命への対応に強固なガイドラインが設定された後の社会の話でもあり、宇宙への開拓を侵略とみなして強固に反対する勢力との相剋を扱った話でもあります
過去の悲劇を更に抉るような展開になりはしないかと冷や汗を覚えながら読みました 構成が上手すぎていらっしゃいます
でも、思いがけない展開からの言語SFに発展して興奮しちゃったし結末はえもいわれぬ暖かさと喜びと希望に満ちていたのです 

巻末に収録された作者さんによる創作ノートでは、どこかほんわかした文体で意外な執筆への着想が分かる逸話の紹介もあったり、作者さんが思い入れのあるグレッグ・イーガンへの愛情も語られてて、そんなところも良かったです
すごくSFが好きな人が目一杯の力を込めて書かれたSFなんだなあって感じ入る作品集でした
でも、この小説でとりわけ好きなところは、やっぱり『主観者』の絶望の場面です たまりませんでした
この出来事に対する人類側としての、ひとつの強靭な姿勢が示されて、それにまた奮い立てられる展開になる、決して悲劇で終わる話ではありません
結末は安易に示された救いではなく、幾つもの思考によって導き出されたものでした
でも『主観者』の絶望と衝撃が強烈すぎたし打ちのめされた、その感覚が魅惑的でもあったために、やっぱりこの作品は自分にとっては、大好きな“鬱小説”なのです

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