サンタクロース論争に終止符が打たれた話
昨年のクリスマス。娘がサンクロースからもらったプレゼントの中に、ピンクのネグリジェがあった。
そのネグリジェのタグを見てしまったところから、我が家のサンタクロース論争が始まったのである。
娘は、あの頃、ネグリジェがほしいと頻繁に口にしていた。アメリカの小学校では、時々「パジャマの日(PJ Day)」なるものがあって、その日は、パジャマで学校に行ってもいいことになっている。
そのときに、友達がプリンセスのようにかわいいネグリジェを着ていて、自分もあんなのがほしいと思ったらしい。
ちょうどクリスマスシーズンだったので、我が家のサンタクロースたちはプレゼントの一つに忍ばせることにしたのである。
クリスマス当日、娘はそのネグリジェが、開きかけた包みから見えるや飛び上がって喜んだ。でも、しばらくしてから、深刻な声でこう言った。
「中国製って書いてある……」
あ、やばい。
娘が混乱しているのが見ていてわかった。
サンタクロースはエルフたちと一緒に北極でプレゼントを作っているんだよね……?中国製ってどういうこと……?
「サンタさんも、さすがに世界中のプレゼントを一手に引き受けるのは大変だから、中国の工場にいって手伝ってもらったんじゃない?」
く、苦しい。娘も、半信半疑な顔をしている。
それ以来、娘はサンタクロースの存在を疑問視するようになった。時々、真実を知りたがる質問を投げかけられても、わたしは、サンタクロースはいるという設定を崩さないように気をつけていた。
娘より一歳上の息子は、もう学校で友達とそんな話をするのでしょう、サンタクロースは実在しないと勘づいている様子だった。息子の主張によると、一晩で世界中の子どもたちにプレゼントを配るのは、どう考えても無理がある、というものだった。
誰もがとおるこの道。
わたしも、子どもの頃、「日本の家には煙突がないのに、サンタクロースはどこから入ってくるんだろう」という疑問があった。それでも、サンタクロースからもらった手紙に、英語の署名があっただけで、ぐいと実在説に引き戻されたのを覚えている。単純なものだ。本文はまるっきり日本語だったけどね。
そんな疑問を抱えながらも、季節が春になり、夏になり、サンタクロースの話題が日々に埋没していった。
そして、季節は秋になり、わたしたちの住む街では、徐々に冬の端切れが朝夕にのぞくようになった。この時期になると、毎年、アマゾン社がご丁寧にクリスマスプレゼントのカタログを送ってくる。
先日、今年のカタログが届いた。これ、子どもたちの物欲を不必要に刺激するので、はっきり言って迷惑である。アマゾンにクレームを入れたいくらいだ。
子どもたちに見つからないように廃品に回せたら良かったのだけど、よりによって子どもたちが郵便受けを見に行ったときに届いていた。子どもたちの歓喜の声を聞いて、わたしはため息をついた。
子どもたちは、二人で肩を並べて、やいのやいの言いながら、楽しそうにページを眺めている。一気に「クリスマスプレゼントどれがいいかなモード」だ。
まだ10月やで。あと2か月も子どもたちの物欲の火消し作業をするのはうんざりやな。
そう思っていたら、このカタログを見ながら、またサンタクロース疑惑が持ち上がった。
「サンタクロースは、本当はいないんでしょ?」
息子が言い出した。夫とわたしを交互に見て、情報を引き出そうとしている。
わたしは、なんとかこの疑惑をはぐらかして、子どもたちのファンタジーの世界の崩壊を回避しようと考えていた。そのとき―。
「うん、いないよ。本当は、パパとママがプレゼントを用意してるんだ」
夫が、いともあっさりと答えを開陳してみせた。子どもたちは、ことが明らかになり、えええーと大きな声をあげた。
「おおぉぉぉい!!!」
わたしは、夫に向き直って、問いただした。サンタクロースの正体を暴くという重大な決断を、わたしに一言の相談もなく、そんな軽いトーンであっさり済ませるとはなにごとだ。許せん。
「え、だって、もう子どもたち気づいてるもん」
いや、そうだけど、このファンタジーは、子どもたちがいまだけその存在を心から信じられる貴重なものだとわたしは思う。いつか、もっと多くのことを知って、あれは架空の設定だったと気づく日は必ずくる。その日までに、子どもたちが享受できる、特別な世界だったのに。
「君がサンタクロースにそんな強い思い入れがあったとは知らなかったよ」
いや、サンタクロースへの思い入れっていうか、ファンタジーの世界への思い入れだよ。
わたしと夫がこんなやりとりをしていると、横から娘がこう言った。
「わたしはてっきり、サンタクロースはアマゾンかと思ってた」
わたしと夫は、論争をぴたりとやめて、娘をじっと見つめた。へ?アマゾンだと思ってたの?
「うん、アマゾンが世界中の子どもたちにプレゼントを配ってるんだと思ってた」
……ほう、新しい説だね。でも、確かにそう考えたら辻褄が合う。本当にアマゾンがそんなチャリティ活動をしたら、倒産しちゃうだろうけどね。
でも、プレゼントは、アマゾンの箱で包装されていたり、アマゾンで買ったときと同じビニールの袋にバーコードのシールが貼ってあったりしたもんね。ママも、ファンタジーを守りたい割には詰めが甘かったね。
いずれにしても、我が家のサンタクロースは、こうして現実世界へ溶けていった。
(おわり)
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