初めての長距離サイクリング。脱落しそうな娘を目的地まで到達させた、全然すごくない方法
日曜の午後。
天気が良かったので、家族みんなでサイクリングに出かけようということになりました。時間があるので、長距離サイクリングに挑戦してみようと。
問題はどこで乗るかです。
アメリカは車社会です。自転車に乗るのも、どこでもいいというわけにはいきません。車がびゅんびゅん走る道で自転車に乗るのは危なすぎます。
なので、普段は、近所の住宅街のストリートを走ります。静かだし、安全だし、ちょっと自転車に乗るには申し分ありません。でも、今日のように長距離のサイクリングをするには、ちょっと物足りない。2、3キロがせいぜいです。それに、車どおりが少ないとはいえ、一応車道なので、いつも車が来ないか注意を払っておく必要があります。
こういうときは、トレイルまで出かけます。ただ、トレイルまでの道のりに、とても自転車で走るには危ないところが何か所もあるので、車に自転車を積み込んで、トレイルまで乗りつけます。
午後3時過ぎ、トレイルの入口に到着しました。子どもたちは、自転車にまたがり、ヘルメットを被り、いざ出発です。
開始5分。先頭を走る息子が、トレイルの脇に設置された休憩所のベンチに止まりました。
「あー、疲れた」
……もう?へなちょこ過ぎて驚きます。まさか、わざわざここまで来て、こんなちょろっと乗っただけで引き返すつもりじゃないだろうな?
夫とわたしに促されて、子どもたちはまたサドルに跨り、先へ進みました。
10分過ぎた頃、今度は娘のスピードが落ち始めました。最年少で、乗っている自転車も小さめなので、ペダルを漕ぐのがしんどくなってきたようです。それに、トレイルは、よく見ないとわからない程度ですが、緩やかに上っています。
「がんばれ、がんばれ」
わたしは、娘のすぐ後ろにぴたりとつけて、娘を鼓舞しながら進みました。娘は、それにはなにも答えず、ただ歯を食いしばるように足を動かしています。そのうち、根気が尽きて、もうおうちに帰りたいとか言い出しそうな予感がしました。
こういうときは、気をそらして、気分を変えてやるに限る。
子育て歴8年の経験が、わたしにそう語りかけてきました。
「ねえ、なにかお話しようよ」
わたしは、背後から娘に話しかけました。娘はお話好きなので、ノッてくるはずです。
「うん!ママがなにかストーリーをお話して」
ストーリーねえ……。わたしは一番簡単にできそうな、日本昔話を話すことにしました。
「むかしむかし、足柄山に金太郎という元気な男の子が住んでいました」
自転車に乗りながら、軽快な声で、金太郎の話を始めたわたし。
前にいる娘に話しかけているわけでもない、でも、独り言にしては音量が大きい。一見ちょっと異様なこの一人語りに、すれ違う人たちの視線を若干感じますが、気にせず続けます。
娘は、力持ちの金太郎の話が大好きです。昔話の本の読み聞かせでは、金太郎のリピート率が抜群に高い。娘は、ところどころにコメントを入れながら、わたしの語り口にじっと耳を傾けていました。足はずっとペダルをこぎ続けています。
わたしはというと、思っていたよりすらすらと語れました。金太郎はもう体に染みついているほどよく知っているお話ですが、頭の中で展開をなぞりながら、なにも見ずに、話すスピードで文章をアウトプットするのは、普段とは違う頭の筋肉を使います。
文章を書くときに、音声入力で下書きをする人ってこういうことをしているんだな、なんて考えたりしました。
もうすぐ、金太郎が山でお侍に会うというところで、前方に夫と息子が待っているのが見えました。目指していたレストランに到着です。
わたしの作戦はうまくいきました。娘は、お話を聞いているうちに、歯を食いしばることも忘れて、気がついたら目的地まで到着できたのです。
ここで、かなり早い夕食をとりました。わたしと夫はチキンサンドイッチを、息子はチーズバーガーを、娘はホットドッグ。
腹ごしらえをしたら、来た道を戻りました。
引き返す道のりも、ずっと娘とわたしの二人でお話をしながら行きました。今度はむかし話ではなく、創作です。2、3分くらいの短いストーリーを、10近く作りました。
ほとんどが、キティちゃんとそのお友達のお話。一緒に遊んだり、おうちにお呼ばれしたり、他愛もない普段にありそうなお話です。
そうこうしているうちに、出発地点まで帰りつきました。先に着いていた夫と息子が、手を振って迎えてくれました。
こうして、我が家の長距離サイクリングは無事終了しました。
「がんばれ」だけでは、娘はきっと脱落していたでしょう。金太郎とキティちゃんに感謝です。
(おわり)
読んでくださってありがとうございます。
子どもの励まし方は、親にとって重要なスキルの一つだなあと感じます。
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