なにかを始めるには「もう遅すぎる」と思っている人に伝えたい話
なにかを始めるのに、もう遅すぎると諦めてしまったことはありませんか。
なにごとにも、これをやるならこれくらいの歳のときに、という相場観があります。ほかの人はどうかわかりませんが、わたしは、40代に突入した頃から、いろんなことのデッドラインが迫ってきているような気がして、一人で勝手に焦っていた時期がありました。
その「もう遅すぎる」という呪縛から脱して、一歩を踏み出せたことがあります。
ブラジリアン柔術です。わたしは40代半ばで柔術を始めました。
あのとき、やってみたいと思う自分と、「いまから始めるの?遅すぎるんじゃない?」とストップをかける自分が、頭の中でせめぎ合っていました。しばらくせめぎ合いが続いて、一時は「しない」方に傾いていたんです。でも、最終的に、自分で並べたてたやらない理由を一掃して、柔術の世界に足を踏み入れました。ただやってみたいというその気持ちを、信じてみることにしたのです。
この一歩の向こうに、こんな世界が待っていたなんて。始めて正解、それも大正解だったのです。
別にうまくいかなかったからってなにかを失うわけでもない。そんな趣味の領域であっても、新しい一歩を踏み出すのは、いつも勇気がいるものです。
でも、いま聞いてほしいのは、そんなわたしの話ではありません。今日わたしが出会った驚くべき70歳の女性の話です。
◇
通っている柔術の道場で、内輪のイベントがありました。系列の別の道場から、指導者や生徒たちが訪問してきて、合同の特別クラスと、大ランチ会が繰り広げられました。
わたしもそれに参加してきました。大勢の人の中に、他道場からやってきた年配の女性がいました。青帯を締めています。帯は端が擦り切れていたので、若い頃から長く続けておられるのかな、と想像しました。わたしもあんな歳まで続けられたらいいな、なんて思いながら。
チームの全体写真を撮るときに、ちょうど隣になったので、話しかけてみました。すると、彼女がさらりとこんなことを言ったのです。
「わたしね、65歳で柔術を始めたの。いま70歳よ」
ええ?!いまなんておっしゃいました?
「いま70歳」は驚きません。柔術家には、それくらいのお歳でもトレーニングを続けている方はいます。わたしが驚いたのは、始めた年齢です。
「どうして65歳で始めようと思われたんですか?」
これを聞かずには帰れないと思いました。どうして?なにがきっかけだったの?
「孫ができたのよ。ときどき面倒をみるようになったんだけど、その頃、体力が年々落ちていくのを感じていて、あるとき不安になったの。もしこの子に何かあったら、わたしはどうやって守れるのかって。ちょうどそのときに柔術のことを知って、これだ!って思ったの」
わたしは、同年代のチームメイトと一緒にこの話を聞いていたのだけど、二人ともなんだかすごい話を聞いてしまったという感じがしていました。さらに突っ込んで聞きたいポイントが多すぎて、どこからツッコんだらいいのかわからない。
孫を守るために、ブラジリアン柔術を始めたおばあちゃんって、聞いたことがありますか?柔術愛好家に囲まれて暮らしているわたしですら、初めて聞きました。
孫の面倒を見るための体力づくりでジムに通い始めた、とか、ウォーキングを毎日するようになった、とかならわかるんです。そこで柔術を始めちゃうんだ。これだ!って思って、実際に門を叩いちゃうんだ。
さらに、この話には続きがありました。
「それで、始めたら楽しくなっちゃってね。この前、ワールドマスター選手権に出てきたのよ」
……ちょっと待って。この人の話、なんか突風みたいなんだけど。
一言発するたびに、びゅんびゅんっとすごい速さの風が吹いてきて、髪の毛がぐわんぐわんと吹き乱され、ばさりと顔の上に落ちてくる。前が見えない。
ワールドマスター選手権って、ラスベガスで毎年開催されてる、世界最大級の柔術トーナメントの、あれ?V6の岡田君とかも出てる、あれ?!
まじで?!!
「わたし、自分のこの歳で柔術を始めることにも、かなり躊躇したんですよ」
わたしがやっとそれを言うと、笑いとばされました。そりゃそうだ。70歳の彼女からしたら、わたしは一世代下。なに言ってんのって感じでしょう。
わたしがありったけの勇気で踏み出したあの一歩が、完全に霞んで見える。彼女が踏み出したバカでっかい一歩の前には、もはやミジンコだ。
この話を聞きながら、わたしは密かに決心しました。今後、わたしが柔術をする上で、「ああ、もう少し若ければ…」という思いが頭をよぎることがもしあったら、そのときは、彼女を思い出すこと。
「オマエのそんな悩みは、ミジンコだ!」
と自分に言ってやるんです。
(おわり)
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