【人生最期の食事を求めて】良質と良心の高度な共存関係の成立。
2023年11月3日(金)
天ぷらたかおキャナルシティ店(福岡県福岡市博多区)
森ビルの調査研究機関・森記念財団都市戦略研究所が発表した「都市総合力ランキング2023」によると、世界の主要48都市を対象にしたランキングでは、東京3位、大阪37位、そして福岡42位と報じられた。
ちなみに1位はロンドン、2位はニューヨークである。
と考えると、日本の一地方都市が世界ランキングに名を連ねること自体、一見奇跡のような結果のように思われるがしかし、この街にはそれだけの魅力が大いに孕んでいる。
天神ビッグバンプロジェクトを代表とするスタートアップシティ構想、卓越した都市機能を集結したコンパクトシティ、伝統的な屋台文化の再構築等、その背景には行政による長年に渡る努力の成果の必然的な発露とも言えるだろう。
それを証拠にしているわけではないだろうが、福岡という街の11月に入ったというのに異様ともいえる熱気を発していた。
最高気温26度という最中、博多駅前の広場にはクリスマスのイルミネーションが冬の風情に染め始めた。
半袖に短パンそしてサンダルというインバウンドや軽装の若者たちが記念撮影している光景は至極滑稽で、まるで南半球にでも飛来してしまったかの錯覚に襲われた。
躍動と喧騒、威勢と高揚がひとつとなり、そこから膨張する息吹はまさに街のパワーそのものかもしれない。
私個人の印象してイルミネーションという冬の風物詩は、一歩間違えれば単なる田舎臭さ丸出しの虚飾にすぎない。
しかも今ではどの都市においてもイルミネーションで飾り立て、野暮で垢抜けないものばかりで、中途半端な装飾をするぐらいなら何もないほうが美しいではないか?
私はふと谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」を思い出した。
それは西洋的な明よりも東洋的な陰の深さへの共鳴といえようか?
私は通行人の絶えることのない駅前広場を背にしながら遠ざかっていった。
歩き慣れてきた路を無造作に歩く。
しかも夕刻ともなれば心地よい涼しさだったが、移動疲れのせいかアルコールを欲しなかった。
再びきらびやかな建物が目の前に迫って来た。
キャナルシティ博多のうねるように波打つ外観と随所に施された緑景、そして過剰なイルミネーションが人々を吸い寄せていた。
私も同様に吸い寄せられるように館内に入った。
吹き抜けの広場を包み込む生演奏の音楽イベントに耳を傾けながら上階に辿り着くと、白とグレーのストライプをかたどった暖簾が目についた。
天ぷらの専門店「たかお」である。
博多といえば、「ひらお」、「だるま」、「たかお」を代表の“博多天ぷら”が有名らしい。
その風情とは裏腹に、入口横の券売機で「たかお定食」(1,200円)を買い求め、店内に入ると意外にも長蛇の列にはなっていなかった。
長く伸びるカウンター席は満席だったが、背後にある待機用の椅子には3組程しか待っていない。
スタッフは皆一様に若い。
すぐに呼ばれるとカウンターを一望できそうな隅の席に案内された。
まずは黒烏龍茶を飲みながらカウンター席をさりげなく見渡した。
たぶんほとんどが観光客と推察された。
そして隣では3人の韓国人女性の声が、そのさらに隣では4人の中国人女性の声が響いていた。
そこに、昆布明太子と浅漬けが置かれ、それらを追随するようにごはんがやってきた。
この昆布明太子だけでもごはん一杯は余裕であろう。
しかし、主役はあくまでも天ぷらなのだ、と自分に執拗に言い聞かせていると、揚げたての天ぷらを持った男性スタッフが、それぞれの客の受け皿に次々と置いていく。
それこそ豚肉、海老、魚介2種、野菜3種という揚げたての天ぷらラインナップがランダムに置かれ、好みに応じてタレや柚子ペッパーに漬けて食べ進めるのだが、揚げたての熱量と乾いた咀嚼音がごはんの催促して止まない。
良質な油を使っているからだろうか?
そこにくどさや油臭さはない。
さらに言えば、肉も魚も野菜の味も油に劣らず、むしろその鮮度を主張している。
問題は、ごはんの量と天ぷらの品数、昆布明太子の費消バランスだ。
これならば最初からごはんを大盛りにすべきだった、と反省しながら最後の海老を尻尾まで食べ尽くした。
このボリューム、クオリティ、料金のバランスがもたらす食後の満足度こそ福岡の魅力の象徴だと思いながら黒烏龍茶を再び注いだ。
その心のつぶやきが聞こえたかのように、背後に伸びる待機用の椅子には多くの来店客に埋め尽くされていた。
ここで食後の余韻に長く浸っているわけにはいかない。
満たされた食欲を引きずるようにキャナルシティ博多を後にして、初冬とは思えないほど暖かい夜の博多の殷賑を味わうのだった。……
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