【人生最期の食事を求めて】観光客で蠢く札幌二条市場の片隅の良質。
2023年12月1日(金)
魚や がんねん(北海道札幌市中央区)
札幌都心部の大通とすすきのの狭間で東西に伸びる狸小路商店街といえば、コロナ以前からインバウンドが集中する象徴的エリアである。
清爽とした夏も極寒極まる冬も、彼らは長期で滞在し北海道を存分に謳歌する。
狸小路を縦横無尽に練り歩き、札幌二条市場の高額すぎる海産物を買い漁る。
2020年春、その賑わいは忽然と消え去り、およそ3年の月日が流れた。
彼らの再到来はコロナ以前よりも凄まじく、早朝の札幌二条市場に面する歩道は歩くことすら困難を極める。
そこに並ぶ海鮮丼を提供する店舗も当然にして観光客でひしめき、どんなに高額でもそれは止むことはない。
札幌二条市場。
海のない札幌において石狩や小樽から入荷する魚介類が並び、其処此処に魚臭がはびこり、老齢な販売員の威勢の良い声が交錯する。
その奥まった場所に密やかに「魚やがんねん」は佇む。
11時過ぎであった。
いつものように観光客の大群が押し寄せる表通りを避け、裏側に回って店先を覗いた。
小さな暖簾と両脇ののぼりが12月らしからぬ微風に揺れていた。
恐る恐る店内に入ると、意外なほどに空いている。
入るや否や、
「Bの2の席でお願いします」
と奥の調理場から女性スタッフの声が聞こえてきた。
テーブルの片隅に書かれたアルファベットと数字に習って座ると、空席があるにも関わらずすぐ隣に若い男性客がダウンジャケットを着たままスマートフォンをしきりに叩いていた。
その座席の詰め方は、きっとこの店の人気ぶりを象徴している。
海鮮系に特化しているだけあって、メニューは刺身定食、海鮮丼、焼魚定食といった多彩さで、しかも近隣の店に比べても圧倒的な良心価格と言える。
『昼が到来する前に早めに食事を終えたい』
そんな心境が働き、選んだメニューは「生本マグロ、サーモン、ホタテ刺身定食」(1,380円)のご飯大盛だった。
隣の若い男性客にはまだ食事が提供されていないことを考慮すると、私の選択は正しく、さほど待つこともなくそれは届いた。
まるで赤色から橙色への艶のある彩りの奏でる美しいグラデーションで、箸を差し入れることさえ一瞬の躊躇を覚えた。
その躊躇を振り切るように、まずはサーモンに目配せをして持ち上げた。
サーモンの身の振動と微細な弾力の振動が箸伝えで私の指先に知らせている。
薄口の昆布しょうゆに一寸付けて食すると、サーモンのサーモンらしからぬ豊かな風味が口内に広がったかと思うと、独特の甘みがご飯を欲するように喚起する。
さらにホタテが眼の前で躍動するように見えた。
サーモンの風味を凌駕する優しい威圧感とも言うべきだろうか?
そうして生本マグロはその威圧感さえ恐れぬ強烈な圧倒感を持って、私の脳内も体内も支配しようとしていた。
まさに、その味わいの根底には北海道という四方を海に囲まれた地の利にあやかっている。
その時、私はご飯の量と刺身の量とのバランスに配慮する必要が問われた。
ご飯を大盛にしたというのに、刺身はそれをあざ笑うかのようにご飯を吸い寄せて止まないのだ。
味噌汁によって冷静さを取り戻して、再びサーモン、ホタテ、生本マグロの順番で食べ進めていった。
そこに、隣の若者が注文していたトレイが訪れた。
それは紛うかたなき「羅臼産真ほっけ焼定食」であった。
束の間、皿の大きさなど無視するかのような大きなほっけの焼き姿に私は釘付けになってしまった。
野太い骨をしっかりと抜き取り、優しく身をほぐし、そこに昆布しょうゆを投入し頬張る幻。
刺身定食が完食に向かう時、すでに次に来た時の幻が私の脳裡に遊泳していた。
それにしても、その若者のほっけの食べ方は称賛できるものではない。
魚の美しい食べ方を教えたい欲求に駆られながら会計を済ませた。
札幌二条市場は相変わらずインバウンドの群衆に占拠されている。
私はそれを避けるように創成川に抜ける小径を辿り、狸小路商店街の賑わいの只中に忍んでいくのだった……。
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