人命救助ができる人は凄い
今日はもう既に投稿記事が決まっていたのに、ニュースを見て書かずにはいられなくなってしまった。
パニック障害を抱えていたメンバーがいたとはいえ、突然倒れる人がいた時に呼びかけに行くことも、人を呼びに行くことも、指示をすることも、行動できる全てにおいて簡単じゃない。
ここからは、私が昔目の当たりにした話をしようと思う。この話を読んで、1人でも多く「こういう場面になるんだ」「こういう心情になるんだ」と知って、実際の場面で行動できる人が一人でも増えればと願う。
学生の頃、食堂で並んでいる時に突然人が倒れた。私の前に立っていた人はいたけれど、ほぼ目の前なのでしっかり状況は見えていた。
突然のことでどうしたらいいか思考停止。
倒れている人を避けるようにして食堂に向かう人もいた。たぶん、私もそうしていた一人になっていたように思う。「助ける」よりも先に出てきた考えが「早く食堂入ってごはん食べなきゃ遅れる」という時間への焦りだった。
人が目の前で倒れているのに、頭は自分のことでいっぱいだ。
心底自分が嫌になる。ここでこんな恥ずかしいことを思っていたことを赤裸々に書くのもかなり躊躇った。でも、ただ見ていただけの人達は大勢いた。きっと同じように、思考停止か自分のことで頭がいっぱいなんだと思う。
横にいた友人が「え、なんで倒れてるの?なんで誰も動かないの?私、先輩呼んでくる」と言ってすぐに走って後ろの方に並んでいる先輩方を呼んで連れてきた。
その時は「自分より動ける人」がわかっていたから咄嗟に先輩を呼びに行ったけれど、もしそういう人が近くにいなかったとしても友人は「助けるための行動」がすぐにできた人だと思う。
倒れていた人は、すぐに行動した友人をはじめとして先輩方、先生方によって一命を取り留めた。
目の前で人が死んでいたかもしれない恐怖、行動できなかった自分への嫌悪感は今でも忘れられない。
AED講習は、調べれば身近でやっていたりする。
知っているのと知らないのでは、行動すら変わってくるから受講する人が増えてほしい。AEDを使える人、人工呼吸ができる人、救急車を呼べる人が一人でも増えれば死亡率は急激に変わる。
しかし、これらの行動だけが立派というわけではない。AEDを当てられている姿は生々しいし、他の人が見えないように倒れている人を囲ったり、人だかりができないように誘導するような行動も十分に立派な行動だ。