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小説 弦月(げんげつ)1
〈本文〉
私が入水心中を図りこの世を去ったのは、18歳になったばかりのある秋の夜のことでございました。その晩は東の空に下弦の月が大きく輝き、あの方のお顔を大変美しく眺めることが出来ました。
ごう、ごう、とまるで地響きのような海鳴りが絶え間なく聞こえておりました。私は海の無い土地で育ちましたので、生まれてから一度も海を見たことがありません。ですからそれがどんなものなのか最期にどうしても見たかっ
小説 弦月12(最終話)
夏の終わり、鈴木さんが10月末で退職することが決まった。まあとっくに決まってはいたのだろうけど、私がそれを知ったのは8月の終わりだった。
この夏が過ぎて、秋が訪れたら鈴木さんには会えなくなる。私は夜が来ると毎日泣いていた。この気持ちを一体どこに持っていけばいいのかわからなかった。私達はただの同僚で、別に恋人同士だった訳ではない。外でデートしたこともなければ、ラインで連絡を取り合ったこともない