【epi-02】問いと答え
施設長佐藤さんの未掲載インタビューより先に、前半を公開してしまった編集後記。その後半です。
前回は、小谷さんがこれまで取材したり接点のあったASDの方々とはちょっと違う印象の方だったこと、それをどのように紙面に表現して、読者さんにわかってもらおうか?なんてことを書いたところで終わっていました。その続きです。
【ポイント分岐】
小谷さんの場合、普段の様子からはそれほど特性を感じられないので、ならばこれまでのエピソードを語っていただこうと考え、過去の職場や学校生活での出来事をいろいろと伺うことにしました。これはなかなかしんどい工程でしたが、結果ここがキーポイントだった気がしますね。何がしんどかったかというと、それは小谷さんがかなり辛い経験をされてこられたのがわかったから。ただ繰り返しになりますが、その辛いエピソードが想像できないほど、今の小谷さんからはその事態を引き起こす元となっていたであろう特性の影響を感じない。それって何故なんだろう?というところへと、徐々に自分の関心がシフトしていったんです。
取材を検討しだした時点では、もっと小谷さん自身の仕事ぶりとか利用者さんとの関わり方とか、そういう部分を取材しようと考えていました。それをせずにサブコンテンツが施設長佐藤さんのインタビューに変わったのは、こういう思考の変化があったからなんですね。そしてこの路線切り替えがこれほど大きな成果になるとは、その時まだ思ってもみませんでしたけど。
難しいと思うんですよね。自分のこと、直面している障害について話すのって。どちらかといえば話したくない人の方が多いでしょうし、特に目に見えない障害、見た目にわからない障害の場合はなおさらそうでしょう。なので「gente」の取材でも、見えない障害に直面する方々との出会いは簡単ではなく、発達障害の取材も前々からもっと取り組みたいとは考えていたものの、なかなか取材を受けてくださる方と巡りあえない、といった状況でした。が、2022年に雇用に特化したgente地域版「わたしと職場と」に取り組んだことがきっかけで、状況がちょっと変わりました。
それまであまり縁に恵まれなかった障害者雇用の取材機会を得て、あらためて企業で働く発達・精神障害の方々が多くいることに気づいたんです。「障害者雇用の取材を受けてくれる企業が見つかれば、発達障害の取材にこぎつけるのは恐らくそれほど難しいことじゃないな、ま、その企業を見つけるのが簡単じゃないんだけど…」と、「gente」でも発達障害の取材をするべく考えていたところ、意外な形でその機会と巡りあいました。
【施設長、佐藤さん】
施設長の佐藤さんはとても若く見えるのですが、障害者就労支援の業界歴は長く経験豊富な方です。「わたしと職場と」を通して何度かお話しさせていただいた時、Aさんの現在のイキイキとした働きぶりを紙面を通して知り、とてもうれしそうにしていたのが印象的でした。Aさんがコンフィデンス日本橋に通っていたのはもう何年も前のことだそうですが、よく覚えているなぁと関心させられましたね。しかも佐藤さんは、Aさんのいいことばかり覚えているんです。
僕はAさんに対して取材時に難しさを感じた印象が強いので、頭では「そういう難しさは特性によるもの」と理解はしていても、正直そこまで好印象ばかりは持てないです。ですが佐藤さんからはAさんに対していい印象しか出てこない。Aさんはそんなに簡単にコミュニケーションが取れる人とは僕には思えないんだけど、これはなんでなんだろうな…?と、ちょっと不思議に感じていたのを覚えています。
取材撮影にもとても協力的に対応してくださいました。コンフィデンス日本橋は就労移行支援事業所なので、ジョブトレーニングなどに通う障害者の方々が多くいらっしゃいます。中には取材や写真撮影などに抵抗を感じる方もいらっしゃって当然なのですが、小谷さんについてのちょっとしたアンケートや当日写真撮影の了解、表紙撮影時の小谷さんの写り方に至るまで。施設長を務める施設が取材されるので当然と言えば当然なのかもしれませんが、とにかく細部に至るまで丁寧に対応してくださいましたね、こちらが恐縮するほどに。それもこれもすべては人を大切にする、人と向き合う姿勢からきているものだとわかったのはまだ少し先、インタビューをしてからでしたけど。
取材本番はまず小谷さんのインタビューから始めました。事前面談で伺っていたさまざまなエピソードの中から、伝わりやすいと思うものをピックアップして掘り下げていったのですが、小谷さんなりにとても丁寧に言葉を選びながら答えてくださって、最初のうちこそ多少緊張が伺えたものの、かなりスムーズに進められたと思います。インタビュー取材を一回で終えられる号は実はそれほど多くなく、たいていは聞き足りなかったり内容を確認したかったりする部分があるのが通常で、追加取材をお願いするケースの方が多いのですが、今回はそれをせずに終えられるほど。しつこいようですが「本当にASDの方の取材なのかな?」と思うほどでしたね。
そうそう、表紙撮影なんですけど、今回は小谷さん本人だけではなく佐藤さんにも入っていただくという、今までにない形になりました。いつも基本的にはメインのインタビューを受けていただく人のワンショットなんですけど(例外も2号ほどありますが)。
「gente」が定義する障害は社会モデル(※3)に基づいているので、本人の側にあるのは違いでしかないというスタンスなのですが、じゃあ発達障害についてはどうなんだろう?と考えた時、当事者にとって障害となるのは「人」なんだろうと僕は考えています。極論、無人島で一人暮らすのなら発達障害なんて無いも同然だろうなと。一方で人と関わる時に障害となるものを取り去れるのも、また人でしかないし。発達障害当事者ができるだけ生き辛さを感じずに生活していこうとするのであれば、本人の自己理解だけでも他者の配慮だけでも充分ではなくて、相互の関わり合いによってしか状況は変えられない。小谷さん本人の努力ももちろんながら、今の環境においては間違いなく佐藤さんがキーパーソンで、その存在によって小谷さんが能力を発揮できているんだろうと思うと、やはりここは2ショットでいきたいな、と考えたのがこの表紙になった理由です。
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【誰に対してのものなのか】
撮影は6月下旬に行ったのですがあまり天候に恵まれず、小谷さんもやや緊張気味で表情の堅い中、佐藤さんがフレームにいるおかげで良い雰囲気にできたかなと思いますね。実際この撮影中佐藤さんはずっと小谷さんに話しかけていて、日常のたわいもない会話をして少しでも小谷さんの緊張をほぐそう、いい表情を引き出そうとしてくださっていました。それにはとても助けられたのですが、それもただ小谷さんの「ために」やっていたのかというと、きっとそうでもないんじゃないかな、と思うんです。
取材を始める前、当事者が当事者を指導するにあたってはどんな配慮が必要なんだろう、小谷さんがそうできるまでにどんなプロセスを経たのだろうという疑問を持っていたんです。いくら小谷さんが診断を経て自らの特性を把握し、それからの努力や成長によって人との関わりを避けたり恐れなくなったりしたといっても、特性自体が雲散霧消したわけではありませんから。そこにはきっと就労移行支援ならではの何かがあったりしたのかな、なんてことも想像していたんです。でも、そんなものはなくて。
もちろん特性把握や理解は一般的な職場環境より進んでいるでしょう、その道のプロですから。でもそれがなきゃできない、ということは全くなかったんです、またしても。「またしても」というのは、これまで取材してきた障害者雇用の成功事例と同じように、やはりここでもそうなのか、てことですね。
本紙の記事やnoteの追加インタビューにも出てくるように、とにかく特別扱いはないんです、小谷さんに対して。というのは「配慮をしない、必要ない」ということではなくて「障害者だから」という前提がないんです。
よく「障害者対応」という言葉を見聞きします。「必要でしょ、障害者なんだから」「なにか配慮しなきゃでしょ」という意味なんでしょうけど、これまで見てきた障害者雇用のさまざまな成功事例で行われていたのは、実は「障害者対応」ではなくただその人への向き合い、配慮だったんです。佐藤さんがやっていたのもまさにそれで、しかもそれを小谷さんだけでなく施設のあらゆる職員に対してそうしているのだと聞いた時には、「ああ、それができる職場があるんだ、やればできるものなんだな」と、何か心の靄が晴れたような、ひとつの解を見つけたような気分でした。
障害者雇用も障害者対応も、「障害者だから」という前提のもとに行われていますけど、結局のところそこにあるのは違いであり、求められるのは目の前にいる人の対応で。だったら障害の有無に関わらず、もっと人と向き合う働き方ができるんじゃないか、そうあるべきなんじゃないかというのは、いくつかの取材を経て持っていた感覚でした。けど一方ではそんなに簡単なもんじゃないだろ、と否定しようとする自分もいて。そんなところに思いがけずひとつの解に巡り合った、そんな取材機会となったvol.021は、「gente」の障害についての考え方をまた一歩先へと勧めてくれた、そんな号になったんじゃないかなとそんな感情に浸っています。出来上がった号をしげしげと眺めながら。
そうそう、もしかしたら紙面をみて気づいた方もいらっしゃったかもしれませんが、佐藤さんと僕には「サッカー好き」という共通点がありまして。インタビュー中に10分近く話が脱線し、欧州サッカーの話で盛り上がってしまいました。そのまま1時間でも2時間でもサッカーの話をしたい気持ちを押さえて本題にも出らざるを得なかったのですが、せめてそのスキッドマークだけでもと、随所にフレーズをちりばめさせてもらいました。noteで出てきた「インザーギ」はさすがに註をつけなければわからない人だらけでしょうけど、その場にいた私たちにとってはこれ以上ない例えだったんですよね。
もちろん自分もサッカーが好きだから、という理由だけでそういったフレーズを残したわけではなくて、好きなものになぞらえて仕事をとらえたり、ポジションに当てはめて人の活かし方を考える佐藤さんのアプローチは単純にいいな、真似出来るものだなと思ったからで。知らず知らず「障害だから」「仕事だから」と垣根を作ってしまうのはもったいないな、という気持ちも込めてちょっとだけ趣味に走った紙面づくりのvol.021は楽しい制作期間でした。
(※3)障害の社会モデル:身体や心の機能に違いのある人に対して、それに対応した別の選択肢がない状態が障害となっている=社会が障害を作り出しているという考え方。社会モデルではマジョリティを想定して作成されたインフラや社会制度が、マイノリティに対する障害となり行動や権利を制限する原因となっていると捉えています。
vol.021の編集後記はこれで終了です。
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