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昨今の潔癖なテレビには映らない、鬼気迫るパンク魂。 『ひらく夢などあるじゃなし(1972)』 / 三上寛
「批評は関西。詩は東北」
と昔から言われているが、さもありなん。
別に関西を腐してるわけではなく、東北という地域は、関東や西日本に比べて圧倒的に母数は少ないが、散発的にド級の作家を輩出している。
宮城から志賀直哉、岩手から宮沢賢治、青森から太宰治と寺山修司。漫画界まで拡げると石ノ森章太郎も。手塚治虫が「東北から良い漫画家は出ない」と言ったそばから大友克洋が颯爽と登場し手塚は嫉妬に狂った。芥見下々も藤本タツキも、天下取りはもう目の前だろう。
歴史の教科書を見返してみてもご承知のとおり、日本史の主役はずっと関西で、近現代になると九州と関東。
長らく歴史の表舞台から除け者にされてきた「寒さ」と「貧しさ」という東北独特の風土が生み出す虚栄や虚飾のない作家性は、連結的に蓄積された「見栄えのする」歴史を持つ他の地域の人たちからすると、予測不可能性に満ちたインクレディブルな存在なんだろうと思う。
さて本題。
三上寛(みかみ・かん)は青森県小泊村(現・中泊町)出身のフォークシンガーである。
小泊村は津軽半島の先端の漁村で、海水浴客でごった返すような海と対比して三上自身が「働く海」と表現していた。
三上は高校卒業後に青森県警に採用されるが、窃盗の冤罪で警察学校を退学処分となる。1968年に詩人になるべく上京。岡林信康に触発されフォークシンガーを志すようになり、1970年から渋谷のライブスペースに出演し始める。
翌年の1971年1月にシングル『馬鹿ぶし』でデビュー。4月にはアルバム『三上寛の世界』を発表するが、同郷の永山則夫に捧げた『ピストル魔の少年』や『小便だらけの湖』といった過激な収録内容で発禁・回収処分となる。
バーテンダーのアルバイトをしていた新宿ゴールデン街のスナックに来店したプロデューサーの誘いで、同年8月に開催された第3回全日本(中津川)フォークジャンボリーのステージに飛び入りで登場し、恨み節満載の自作詞カバー『夢は夜ひらく』や、『犯されたら泣けばいい』『妹売歌』といったラディカルなセットリストと鬼気迫るパフォーマンスで、気に入らない出演者には容赦なく「帰れコール」を浴びせていた観客たちから喝采を浴びる。
同サブステージで伝説的なライブパフォーマンスを披露し、その後「ニューミュージックの旗手」として時代の寵児となっていく吉田拓郎と対比するように、三上寛は「アングラフォークの代名詞」としてのその名を轟かせた。
翌1972年にURCから発表されたアルバム『ひらく夢などあるじゃなし』は、「三上寛怨歌集」と題された通り、三上の怨念と情念と絶唱がコンパイルされた日本フォーク史に名を刻む屈指の名盤、そしてまだ「パンク」という言葉が存在しなかった日本における最初期の「パンクアルバム」に位置付けられている。
ひらく夢などあるじゃなし(1972) / 三上寛
三上寛の音楽は、「内容の過激さ」もそうだが、それ以上に単純な「スラングの過激さ(マ◯コ、チ◯コ、セン◯リ)」が顕著であり、そういう意味で、例えば同じ過激さが売りのセックス・ピストルズやN.W.Aよりは、エミネムの表現手法に近い。
すっかり公共の場に成り下がったネット上はあたりまえ、友達同士の会話や親子の会話、恋人同士の会話すらも「不健康な程にクリーン」な現代において、三上寛の音楽は、そんなモラルの檻の中に幽閉された人達に手を差し伸べ、モラルの外側へ引っ張り出す。人々が社会規範を形成していく過程で、蓋をして見ないことにしてきた人間本来の醜さや汚らしさを、その蓋をひっぺがして突きつけてくる。オブラートが無さすぎて、逆説的に神聖さや美しさを覚えるほどである。
「赤ちゃんはお腹から生まれてくる」と聞いて育った子供が、本当は赤ん坊がどこから生まれてくるかを知った時のような衝撃である。
反面、三上寛は過激さだけを売りにした単なるトリックスターでは決してなく、ネットに転がっているインタビューを5行ほど読むだけでその魅力に惹き込まれてしまうほど「言葉」と「思索」の人である。
「ヒューマニズムに対する抵抗」をしっかりアイデンティティに据えた紛うこと無き現代の詩人であり、ブディストであり、ニヒリズムをバックボーンにしたアクティビストであり、アナロジカルな哲学者である。
泉谷明や寺山修司ら同郷の詩人たちのアヴァンギャルドな精神と本州最北端の雪深い寒村、という独特のコントラストが形成した三上寛の心象風景は、青森という土着性が生んだパンク精神として結実し、現代に生きる人にも強烈に突き刺さるのである。