「忘れられない日本人 民話を語る人たち」小野和子 感想
「 忘れられない日本人 民話を語る人たち 」
小野和子
前作の「あいたくて ききたくて 旅にでる」が好きだったので、今回の2作品目も迷わず購入しました。
ブックカフェ火星の庭さんで購入
今回は語り部たち8人にスポットを当てた、彼らの人生と思い出をまとめたもの。
常々、『人の一生は文学になる』と思っていたが、今回の本書を読んでますますそう感じました。それと同時に、それにあてはめてしまうことでさえ、はばかれるような、無知の羞恥も湧いてくる。自分が感じて受け取る以上何倍もの辛さや、喜びや痛みがあって、そして幸福もあって、私個人の物差しでそうなんだと決めつけることがやはり安易に感じられてしまうのです。
小野和子さんが出会って聞いてきた人たちの生の民話は、彼らにとって枷のような宝のような、記憶にこびりついた紋様が、鮮明に伝わってくるようでした。きっとこれは小野和子さんだからこそ、記し伝えることができるのでしょう。
〈 印象的に残った文章 〉
第一章 佐藤とよいさん
佐藤とよいさんの家には、暫し登山客が宿を求めにやってくることがあった。近くの飯豊山に登山へ来るものの山深き奥田舎のため、宿はなく、度々とよいさんは、そういう彼らのために自分の家を休息地として提供していた。そうやって一宿一飯のおかげで客人にとって、とよいさんは「命の恩人」になっていった。それが、後々とよいさんが助けを必要としたときに、あのとき助けられた客人たちが、彼女を手を差し伸べることになる。彼女の人徳のなせるわざなのでしょう。そして、恩返しは、無欲の人にこそ返ってくる。
第四章 佐藤玲子さん
当たり前と思っていた雛飾りも地域が変われば当然それは当たり前じゃない。裕福な人たちにとっての当たり前の押し付けは、今でも散見される。それに気づくこと、そして直接会って家に入って話すからこそ、その地域に住む人たちの生活と営みを知ることができるのでしょう。
第七章 伊藤正子さん
語り部のエネルギーというか『 熱 』を感じることができる一幕。
聞きたい人間がいて、語りたい人間がいて、互いに思うように会いに行けない中で、たまりにたまった言葉と感情の本流、小野和子さんが訪問したと同時に爆発した瞬間だった。
本書から3点をあげさせていただきました。
最後に小野和子さん自身の母親について書かれた『最終話にかえて 商人の妻』があります。そこで、小野さんの母が言った、
「生きてるってことはゴミがでることなんだよ」
という言葉が印象的でした。またそれを引用するように小野さんは、
わたしはわたしのゴミを見つめて、今日を生きています。
と結んでいます。愛情深い関係が伺えますね。
親と子の繋がり、語る人と、聞く人と、読む人がいて伝わっていく、その一端にふれることができてよかったです。
人と人の縁が薄くなっていく中で、体温を感じるような貴重なお話の数々に、また私もこの 忘れられない本 として今後も機会があれば、ご紹介し続けていきたい。
2024年5月22日読了
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