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ちょうど400円、ポケットに入っていた【ビジネスマン part3(完結)】

「get a phone call from Akemi」
イヤホンの音楽が途切れアナウンスが流れた。アケミから電話だ。
「俺だ、どうした?」
「急にごめんね、今大丈夫?」
声色は明るく落ち着いていた。アケミから昼間に電話をかけてくるのは珍しいから、何かあったのかと思ったじゃないか。
「大丈夫だよ、急ぎ?」
俺は改札からすぐのスペースによけた。少年が一旦駅員のいる窓口から離れてうじうじとリュックやらポケットやらを探っているのがずっと目に入ってくる。
「ううん、ごめん、帰ってきてからでもよかったんだけど」
「いいよ、なんでも。何かあった?」
少年よ、悪く思うな、これは教育だ。君は今挫折を味わうべきタイミングなのだ。たしかに俺のポケットにはちょうど400円が入っている。だがこの400円の目的は既に割り当てられてしまっているものなのだ。君は元々持っていた400円分の切符を逃した。それは一度のチャンスをなおざりにしたことに等しい。そしてその責任は当然に重い。俺は容赦なく改札をくぐろうとした。

「しょうちゃん私、妊娠したみたい」
その瞬間俺の目の前の光景は劇的に変わった。世の中にたしかに奇跡があることを、俺はこの女性に何度思わされてきたのだろう。そしてこれからもそうなることを確信した。 
「アケミ、家に帰ってから詳しく話を聞くよ。今日は早めに帰ってもいいかな」
俺は電話を切った。仕事の段取りを頭の中で組み直していく。それにしても世の中にこんなにも運のいい少年がいてよいのだろうか。偶然にも俺は400円の行き場をちょうど失った。
「君、これを使ってくれ。もう切符を失くすなよ」
ポケットの400円を出して言った。
「えっいいんですか、、?」
少年は半べそをかきながらも見ず知らずの男の親切を躊躇していた。
「君はとても運がいい、僕の妻に感謝するんだな。簡単にチャンスを無駄にするなよ。」
少年は何度も僕に感謝を告げて、俺の400円をありがたそうに握りしめて飛び跳ねるように駅員窓口に向かっていった。

俺も今日は早く帰ろう。病院には行ったのだろうか。病院選びは慎重に行わないといけないだろうが、そこら辺の知識は持ち合わせていないから、詳しい知り合いに聞こう。アケミの方がそこら辺に精通している知り合いが多いかもしれないな。とにかくアケミの話を詳しく聞きたい。
浮き足立った気持ちを噛み締めながら、いつもより慎重に仕事を終え、足早に東京のマンションへ帰った。アケミも俺が帰ってくるのを待ってくれているのだろうか。少し緊張して玄関を開けると、アケミが玄関まで出迎えに来てくれた。そして優しく微笑んで言った。
「400円、何に使ったの?」
俺は最高の妻を持ったのだと、改めて確信した。

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これにてビジネスマンは完結です!

少年が助けられてよかったです!
実は主人公のしょうちゃんの方が、少年に助けられたのかもしれません。

次回は第四回書き出し文の発表です!
お楽しみに!

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