見出し画像

選ぶことが許されない境遇

「私には選択肢がなかった」

映画「モンスター」(2003年アメリカ、パティ・ジェンキンス監督)で、主人公のアイリーンがつぶやく場面がある。あまりにも絶望的な言葉が観る者の心をかき乱す。

映画は1986年の米国フロリダであった連続殺人事件をモチーフにして作られた。母親に捨てられ、祖父に虐待を受けて育ったアイリーン(シャーリーズ・セロン)は、10代の頃から売春をして生活費を稼ぐようになった。誰にも大切にされたことのなかったアイリーンはあるとき、心から理解し合いたいと思える相手に出逢った。その人とともに生きることができるなら、何をもいとわないと思えるほどの。

ただ、アイリーンが持ち得た、暮らしを維持していくための方法(仕事)は売春のほかなかった。思いを通わせるためにいったんは辞めていたが、再び路上で客を取り始める。しかし女性が身一つで行きずりの男と二人きりになることは大きなリスクと隣り合わせだ。ある日、アイリーンは男に車に乗せられ、血まみれになるまで殴られてしまう。そのとき、とっさに起こした行動が彼女の人生を大きく変えていく。

実際の事件とアイリーンの生涯はウィキペディアでも解説されている。

7人を殺害した連続殺人犯とはいえ、幼少期からあまりにも過酷な環境で人間としての尊厳を引き裂かれるように生きることを強いられた女性を、単純に「モンスター」と形容できるものだろうか。
映画のタイトルは「モンスター」と形容されるほどの凶行の背後に何があったのかを多くの人に知らせるためのフックとして機能し、同時に「正常」の枠内から彼女のような存在を「怪物」として傍観する、そのような偏見によって自己から遠ざけようとする世間一般の態度に対するアンチテーゼにもなっているのだと思う。

人は生きていくうえで、さまざまな場面で選択を迫られる。進学や就職、恋愛、結婚、家を建てる、車を買う。しかし人によって、または環境によって選択肢はさまざまだ。
しかし選択肢じたいが最初から存在しなかったらどうだろう。それほど恐ろしいことはない。

このような事件がある。

ここから先は

1,352字

¥ 100

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?