妖狩りの侍と魔剣『斬妖丸』 : 「由井正雪と魔槍『妖滅丸』」(⑥陸)" 沢庵和尚に託す "
そんな事が出来るってのか?
教えてくれ!
あの魔槍さえ封じられれば
俺が必ず由井 正雪を斬って捨てる
頼む、『青龍』どの!
教えてくれいっ!
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柳生十兵衛が拙者に
掴みかからんばかりの勢いで迫って来た
この男の切羽詰まった気持ちが全身に表れていた
「由井 正雪の魔槍を封じるのは
余人には叶わぬ事…
だが、徳の高い僧侶や強い術を使える陰陽師がおれば
多くの妖を詰め込んでおる魔槍を封じる事が出来よう
ただし、並みの僧侶でも陰陽師でも能わぬ
『妖滅丸』ほどの魔槍ともなれば
並みの法力や呪力では封印どころか
たちどころに返り討ちに逢うのが落ちじゃ…
それだけの徳の高い人物を用意できるかに懸かっておる」
十兵衛は俯いて少し考え込んだ後
顔を輝かせるようにして拙者の顔を真っ直ぐに見た
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いるぞ!
その役にピッタリの坊さんが!
しかも、お誂え向きに
俺んちの江戸柳生家下屋敷に滞在していやがるぜ
おっと、こんな口の利き方してたら
そのクソ坊主に大喝を喰らうわな…
桑原桑原…
とにかく…
お前さんの申す条件にピッタリの坊さんが
さっき言ったように当家の下屋敷にいるんだ
うちの親父殿の大切な客分としてな
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十兵衛が拙者に一つしかない自分の目を
ぱちぱちと瞬きして見せた
はて、何の合図でござろうか…?
「しかし、十兵衛どの…
其方の言われるお方が
果たして、拙者の申した条件に合致するのでござろうか…?
そんなお方が
そうそう都合よく貴家に滞在されているなどとは
拙者にはとても信じられぬが…」
十兵衛は拙者の申した魔槍の封印を
少々甘く見ているのではないか…?
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お…?
俺の言う事が信じられんと申したな…
へへへ…
まあ、普通はそう思うわな
そんなに都合のいい話があるかってな
ところが本当にあるんだな、これが…
江戸柳生家の下屋敷に
『検束庵』って名付けた一室を設けて
その偉い坊さんは逗留してるんだ
お前さんだって
名前は聞いた事ぐらいあるんじゃねえか
『沢庵 宗彭』って名の偉い和尚様だ
公方様御自らが江戸城にお召しになって
禅を説いていただいたっちゅうありがたい坊様よ
でも、俺に言わせりゃあ
その坊様の何より一番凄いのは
『たくあん漬け』を作り出したって事だぜ
あれさえありゃあ、俺はどんぶり鉢で飯が三杯は食える
俺はしょっちゅう怒鳴られてるから
沢庵和尚にゃあ、てんで頭が上がらねえ
俺にはどんなに強い剣豪よりおっかねえや
まあ、とにかく…
あの天海大僧正が江戸と将軍家を託した坊様だぜ
これ以上の適任者がいるかってんだ
どうだい…?
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「むう…
沢庵和尚とな…?
沢庵どのなら拙者も存じておる
妖狩りの旅の途中で知り合い、道中を共にした事がある
十兵衛どの、あのお方なら申し分ござらん
由井 正雪めの魔槍『妖滅丸』を封印なされる事、間違いない」
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そうか!
では早速、和尚にお願いしてみよう
あの御仁なら
江戸庶民の為とあらば必ずやお聞き届け下さる
青龍どの…
ありがたい進言、かたじけのうござった
俺は居ても立ってもいられんから
すぐさま当家下屋敷に沢庵和尚をお訪ねするが
貴公はどうされる…?
旧知であれば和尚に会って行かれんか?
どうだ?
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「いや…
やめておこう…
貴公の言われる通り、沢庵どのにお会いしたくはあるが
拙者は先ほど申した通り
由井 正雪と幕府との争いに
立ち入りたくはござらぬ故
此度は沢庵どのにお会いするのはやめておく
また沢庵どのが旅に出られる事がお有りなら
旅の空にて再会致す事もあるやもしれん
沢庵和尚には十兵衛どのから良しなにお伝えくだされ
さあ、十兵衛どの…
早うお行きなされよ
由井 正雪がまたしても妖の力を手に入れる前に
ヤツの企てを阻止致した方が良い」
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相分かった
お前さんの言う通りにするよ
この度は幕府と江戸庶民になり代わり礼を言っておく
ありがとうよ、青龍どの…
いつでも俺に会いに来てくれい
お前さんなら大歓迎だ
それに、お前さんとは一度手合わせ致したい
おっと、断るなよ
剣の道を究めようとする俺としては
その『斬妖丸』も是非とも見てみたい…
いつかまた、お前さんと出会ったらな
それじゃあな…
元気に妖狩りの旅を続けてくれ
では、さらばじゃ
わが友よ!
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ふふふ…
短気な男よな…
もう行ってしまいおった
柳生十兵衛三厳…
あの真っ直ぐで豪放磊落な男ならば必ずや
由井 正雪の企みを未然に防ぎ
江戸の町と庶民を戦禍から救う事だろう
わが友よ…か
拙者も一度あの柳生十兵衛と一人の剣士として
剣を交えてみたいものだ
なあ、『斬妖丸』よ…