お盆に僕の部屋で起きた怪奇 : 後編「僕とブチと、お祖母ちゃんの戦い…」
もうダメだ…
僕も一緒に引っ張り込まれる!
でも、声が出せない…
誰か助けて!
僕の右足首を掴んだそいつの腕が
いよいよ手首から後ろが
畳の隙間に消えてしまっていた
もう僕の右足は
爪先が畳の隙間に食い込み始めた…
引き込まれる…
その時だ!
何か白い物が窓から飛び込んで来て
僕の目の前を高速でよぎった!
「ギニャーッ!」
その飛び込んで来た白い物は
僕の右足首を掴むそいつに
襲いかかった…!
「ニャウッ! ギャギャウッ! ニャオッ!」
そいつに激しく襲いかかっていたのは
近所に居ついた野良猫だった…
白い毛にブチの模様の入った
あまり可愛くない雑種の野良猫…
僕がときどきエサをやり
身体を撫でてやると
ゴロゴロ喉を鳴らして
気持ち良さそうに身体を擦り付け
僕に甘えて来るその猫…
身体の模様から
僕は「ブチ」と名付けたんだ
今、ブチが…
僕を引き摺り込もうとしたそいつを
両前足の爪で
繰り返し激しく攻撃していた
猫爪パンチのラッシュだ!
ブチっ! 頑張れ!
僕は心の中で叫んだ…
ブチが僕のために戦ってる…
僕の右足首を掴んでいる
ペラペラの黒い腕の形をしたそいつは
ブチの激しい猫爪攻撃に怯んだのか
その握力が緩んだ…
すると、その瞬間!
僕の身体から
そいつの呪縛が解けた!
金縛りが解けたんだ…
僕は畳の上を転がり
そいつのいる所から遠ざかった…
「ギニャウッ!」
ブチが鋭く鳴いた!
僕がブチを見ると
今まさに、そいつの黒い五本指を
ブチが噛み千切ったところだった
「ブチっ! もういい!
そいつから離れろっ!」
だが、遅かった…
そいつは一本きりじゃなかったんだ
ブチに噛み千切られたのとは違う
もう一本別のそいつが畳の隙間から現れ
ブチのしっぽを背後から掴んだ!
「ギニャーッ!
ニャニャニャーッ!」
しっぽをそいつに握られた痛みの余り
ブチは転げ回り畳を掻きむしった
「ブチーっ!」
僕は叫びながら
部屋の隅にある自分の机に駆け寄った
そして…
ペン立てに立ててあったハサミを取り
ブチの傍に駆け戻ると
しっぽを握っている
黒くてペラペラのそいつを左手で掴み
右手に持ったハサミで
そいつの根元をちょん切ってやった!
手応えは思ったほどじゃなかった…
それは紙を切る程度の感触だった
でも、僕にハサミで切断され
そいつの手は握っていた
ブチのしっぽを放した
「ニャーッ!」
鋭く一声鳴いたブチは
その場からピョーンと飛びのき
離れた床に見事に着地した
そして背中の毛を逆立てながら
そいつに向かって威嚇の唸り声を上げる
「フウゥーッ!」
僕もそいつに向かってハサミを
突き出したまま
後ずさりながらブチの傍まで行った
指先をブチに食い千切られたヤツと
僕にハサミで切られたヤツが
二本とも黒いペラペラの全身を
ひらひらと震わせていた
その時…
そいつらを睨みつける僕とブチの
見ている目の前で
驚くべき事が起こった!
二本のペラペラの黒い腕が
突き出されていた畳の縁から
数十本ものそいつらが
その畳を取り囲むように
一斉に生えてきたんだ!
そして気味の悪いそいつらは
海草のようにへらへらと揺れながら
僕とブチに向かって一斉に
数十本の黒い手を伸ばして来た!
「もうダメだ…」
僕はその場にしゃがみ込み
ブチを抱きしめた
そして…
諦めて両目をギュッとつぶった
「ガラガラガラッ!」
突然だった!
僕の部屋の戸が開く音がした
そして…
「ええーいっ! わしの孫に何をするかっ!
失せよっ! 亡者ども!」
僕の部屋中に良く通る
聞き慣れた鋭い声が響き渡った
目を開いた僕がそこに見たのは…
左手を拝む様に
自分の眼前に垂直に立て
黒い数珠を握りしめた右手を
そいつらに向かって突き出した…
僕のお祖母ちゃんだったんだ…
お祖母ちゃんは
そいつらを恐れる事なく
つかつかと歩み寄り
何度も何度も右手に握った数珠を
そいつらに向けて振るった
口で何か念仏を唱えながら…
すると、どうだろう…
さっきまで、ゆらゆらと
同じテンポで揺れていた無数のそいつらが
まるで凍ってしまったかの様に
一斉に動きを止めた
それは、まるで…
さっきまで僕がかかっていた
金縛りを見ているようだった
こいつら動けないんだ…
お祖母ちゃんの唱える念仏で…
お祖母ちゃんは
林立しているそいつらを掻き分け
そいつらの中心に入って行った
「お祖母ちゃん、危ないよ…」
僕はお祖母ちゃんが心配だけど
つぶやく以外に何も出来ない
震えながらブチを抱きしめ
ただ見つめているしか無かった…
ブチもお祖母ちゃんをジッと見ていた
身動きを止めたそいつらの隙間から
お祖母ちゃんの姿が見える
でも…
お祖母ちゃんがしゃがみ込んだので
そいつらに遮られて
僕とブチから姿が見えなくなった
「お祖母ちゃん…」
すると
僕の心細いつぶやきをかき消すように
「怨霊退散っ! 喝ーつっ!」
そいつらの中心から
お祖母ちゃんの叫び声が上がった
すると…どうした事だろう…
お祖母ちゃんを隠す様に林立していた
そいつらが…
僕とブチの見ている前で
次々に消えて行く…
そして…
ついにそいつらは全部消えた…
その畳の真ん中には…
数珠を持ち
広げた右手を畳に押し付けた
お祖母ちゃんがしゃがみ込んでいた
「お祖母ちゃん… すげえや…」
僕は心からそう思ってつぶやいた
お祖母ちゃんが
僕とブチの方を見てニッコリと笑った
「安心せえ、もう大丈夫じゃよ
それにしてもお前達… よう頑張ったのお」
僕はお祖母ちゃんに駆け寄って
思いっ切り抱きついた
ブチはお祖母ちゃんの足に
身体を擦り付けていた
「ただいまあ… 帰ったわよう」
父さんと母さんが帰って来たんだ
僕がお祖母ちゃんの顔を見ると
お祖母ちゃんが頷きながら言ったんだ
「盆の今日起こった事は内緒じゃよ
わしらだけのな…」
そう言ったお祖母ちゃんは
僕とブチの頭を優しく撫でてくれたんだ
僕はこう思った…
ブチも強かったけど
やっぱり、お祖母ちゃんが一番強いや