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正月過ぎたら8年前の春だった 2019/01/07

やっと高校生になれると、胸が踊った。
今日は入学式である。

私は朝、ちょっと丁寧にお化粧をして、自分が入学する千葉鴨川の高校に向かった。

学校へ到着し、玄関を入る。階段を上がっていくと1年生の教室がある階になる。

そこにはもう騒がしい新入生の姿はなく、教員が数人廊下にうろうろしているくらいだった。

朝、化粧に時間を使いすぎて時間がギリギリになってしまったのだ。

焦って教室の中の様子や廊下の張り紙を見て、自分が何組なのかと確認する。

急いでいるせいか、自分の名前がどこにも見当たらない。
各教室の中ではもうほどんどの生徒が席に着いていて、隣同士で「はじめまして!どこ中?」という会話をし始めているので、余計に焦る。

それでも頑張って掲示で自分の名前を探していると、一人の教員が声をかけてきた。

「君、大丈夫?もうチャイム鳴っちゃうけど、教室わからないの?」

自分の名前がみつからなくて、と説明すると、教員はあらら、と言い一緒に教室を回ってくれた。

すると1組に1つ空席があるのを先生が見つけてくれた。
もう空いてるのここだけだから、ここだと思うよ、と案内してくれて、私はお礼を言って教室に入った。

ギリギリ時間には間に合った。ほっと胸を撫で下ろして辺りを見回すと、幼稚園から高校まで一緒の三住くんの姿を見つけた。
「みすみ」と「みずしま」なので、いつも出席番号で席が隣なのだ。
またクラスが一緒になるなんてつくづく腐れ縁だなぁ、と思う。

空いている席も、三住くんの1つ前だった。これは間違いなさそうだ。

と、思ったら、その席の机の中にはもう荷物が入っていて、机の下にも大きなバッグが置かれていた。
誰かが席を間違えて置いてしまったのかな、と思ったところでチャイムが鳴ってしまう。
私は荷物を動かさないように椅子を通路側に出し、そこに取り合えず着席することにした。

間もなく先生が教室に入ってきた。吹奏楽部の、吉田先生という人だ。
私も中学で吹奏楽部だったからか、知っている。

私はハッと気づき、それとなく髪の毛で顔を覆った。
化粧しちゃいけないんだものな、怒られたらまずいから隠しとかないと。

先生が話し始めようとすると、教室の扉がガラリと空き、女子生徒が一人入ってきた。
彼女は私の方を見て不思議そうにしている。

トイレから帰ってきたんだけど、席がなくて、と吉田先生に告げる。

吉田先生が、新入生の出席は取っていて合っているはずだから、席が1つ足りないのかも知れない、と言うと、水下くんが「俺、取ってきますよ!」と手をあげて教室を出て行った。

もちろん、私は疑う。

この席は彼女の席で、私の席ではないかもしれない。彼女がトイレに行っている間に、彼女の席を取ってしまったのかもしれない。

水下くんは机と椅子を取りに動いてしまっているし、早くそれを吉田先生に伝えなければ。
でも、先生と近くでコンタクトを取ってしまえば化粧をしていることがバレてしまうかも知れない、という葛藤が頭をよぎる。

そもそも、朝化粧なんてしなければ、時間に余裕を持って登校してゆっくり席を探して、こんなことにはならなかったのに!

そう思って、どうしようかと内心慌てていると、こんな疑問が浮かんだ。

そういえば、なんで化粧なんてしようと思ったんだっけ。

それは、私が、23歳の大人だからだ。

私は席を立った。
そして吉田先生に言った。

先生、卒業式では恥ずかしくて言えなかったけれど、3年間ありがとうございました。さようなら。

そして教室を出る。

そこには机と椅子を担いだ三住くんがいた。
三住くんにも言った。

持ってきてもらってごめんね。今までずっとありがとうね。

言っている間に涙が溢れてきた。

私は泣きながら、涙で視界が曇る中、おぼつかない足取りで、でも駆け足で階段を降りた。

階段の大きな窓から春の溢れんばかりの日差しが辺りを照らし、それが外の桜のピンクと一緒に滲み、階段をぐるぐる降りるたびに万華鏡のように眼前を覆っていた。

私は全てを察した。

これが夢だということ、以外は。

学校の玄関を飛び出した瞬間、勢いよく目が覚めた。
独り暮らしの部屋の風景が目に飛び込む。

そこは真冬の朝だった。正月もあけたばかりの、平成の終わり。

また春が来たら時代が変わる。私も少しずつ変わっていく。

化粧をしようだなんて思いもしない自分を、私は過去のどこかに置いてきてしまったように。

高校の入学式から、もう8年が経っていたんだな、とその時初めて気がついた。

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